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『・・・・・・たかお、く、』
『雲雀さ、』



切れ長の灰色がかった瞳が瞠目した瞬間。

一瞬呼吸をするのを忘れてしまった。
それ位動揺してしまったのだ。
かつて不良の頂点と言われ、更に雲雀恭弥だけでなくその姉も『最凶』の称号に相応しいとまで言われた『雲雀千歳』とは到底繋げられない。

―――否、私の本心は一般人になりたかった筈だ。
だからこんな弱さがあっても良い筈なのに、どうして、どうして私は今こんなどうしようもない気持ちが溢れ出しているんだろう。

心臓が痛い。
まるで自分のものではないみたいに。


千歳は高尾の視線から逃れる為に、必死で逃げていた。
頭の中はぐちゃぐちゃで、どういう感情が心の中で渦巻いているのか、それすらも千歳は分からないまま。



  ††



それは彼女が走り去る直前の事。


「・・・っ!!」

「え千歳さ、」
「千歳!!」

動揺の色を浮かべたまま、千歳は無言で走り去る。
その背中に綱吉と緑間は声を掛けるが彼女はそれに振り向かなかった。

「・・・あいつと知り合いなのか緑間?」
「つか今あの女、・・・」

宮地が訝しげに一人の後輩に視線を向ける。
幾分か自分より背の低い黒髪の後輩は茫然自失の状態のまま、ただただ走り去った彼女を見ていて。


『・・・・・・たかお、く、』


走り去る直前に呟いた言葉。
それはこの後輩の名前だった。

「・・・高尾、お前あの女と」
「・・・・・・ちょっとオレ此処で失礼します!
また明日です!!」
『は!?』


短い黒髪を靡かせ、千歳が走り去った方向へ高尾も走った。
彼女と同様、もしくはそれ以上の俊足で追いかけていった高尾の姿に部活仲間と綱吉は呆然とした。
恐らく最大の被害者は道端で伸びている不良達ではなく、碌な説明を受けていない彼等であったのは余談である。



  ††



・・・何故こんな事になったのか。

千歳は何十回考えた事をもう一度振り返る。
あれ私さっきまで結構なシリアスな雰囲気で語ってなかったっけ?

それがどうして、

(こんな事に!?)
「待てって雲雀さん!!」
「人違いだ私は君なんて知らないよ高尾君」
「ぶはっ誤魔化しきれてねーし!!つかそんなんで誤魔化されると思ってんのか雲雀さん!!」
「騙されてよ、ねえ君馬鹿なの?馬鹿でしょ」
「さっきの発言まる無視でよくそんな事言えるな!?」

どどどど、と地響きを立てながら鬼ごっこを繰り広げる千歳と高尾。
体力面で考えると運動部な事もあって高尾が優勢かと思われたが、千歳も伊達に不良の頂点に立っていない。
日頃弟と組手している上に金髪のイタリアンマフィアにも鍛えられた千歳も負けてはいない。

負けず嫌いの性格もあっていつの間にか二人の中には『負けてたまるか』と思うようになった。
そんなこんなで鬼ごっこ開始から三十分経過した後。
二人の過去と未来を賭けた鬼ごっこに終わりを告げた。


「はっ・・・はっ・・・」
「ひ、ばりさっ」

ぱしっと小さく乾いた音。
それは高尾が千歳の手首を掴んだ音で、それと同時に二人の足音も止んだ。

聞こえるのは二人の荒い息遣いだけ。


「はあっはあっ、なあ、もう、止めにしようぜ、・・・?」
「・・・・・・っ」

息も絶え絶えに千歳の背中に向かって紡ぐ言葉。
高尾は振り向いてくれない彼女に何故か笑いたくなった。

止めにする?
そもそもこの鬼ごっこを始めたのは、きっかけを作ったのはオレの方なのに。
一体何を言ってるんだろう。
―――だけど、それでも。

もう後悔だけはしたくない。したくなかった。
後悔はもう沢山だ。
だけど彼女が赦してくれるまでオレはこの罪の意識から逃れられない。
だったらせめて贖罪を。


「・・・何を、言ってるんだい?私は、」
「雲雀さんは、中学の時オレを助けてくれた『雲雀千歳』ちゃんでしょ?
違うなんて言わせないし聞かない。
オレはもうそれに気付いてるし、真ちゃんから雲雀さんの中学の名前も聞いてる」
「!」

隙あらば逃げ出そうとしているのが丸分かりだ。
肩ごしに見える彼女の横顔。
その表情は中学時代には決して見る事がなかったモノ。


「雲雀さん、」


ごめん、ごめんな。
オレがあの時足を引っ張ったから。
全然関係無かったのに、それどころか助けてくれたのに彼女を退学させてしまった。

中学時代の不良で『雲雀千歳』の子分である同級生達は退学し転校した彼女を只管惜しんでいて中には泣いている奴もいて。
噂では恐怖政治のように子分を率いていたと聞いていたが、本当は純粋に敬愛と尊敬の念を込めて彼等に慕われていたのだと気付いた時にはもう何もかも遅かった。

聞けば彼女、『雲雀千歳』という人間は自分からは決して喧嘩を売ってこなかったらしい。
襲ってきたから返り討ちに。頼られたから仕方無く。
そういう時が多かったという。
それは"あの時"も同じ。


本当にオレは馬鹿だ。噂だけで彼女という人格を決めつけていた。


「・・・ありがとう、雲雀さん。
それから助けられなくてごめん、本当に、」
「・・・・・・何で、高尾君がお礼と謝罪をするの?
謝罪をされる覚えも、ましてやお礼を言われる覚えさえも無いけど」
「嘘つけ。・・・さっきも言ったけど雲雀さん嘘が下手だね」


あれから一体何ヶ月経ったのか正確な事は分かんねーし、本当に今更だし利子いっぱい付いてて返せるなんて分からないけど。
信じてくれるまで、受け入れてくれるまで何度でも言うよ。


「オレを助けてくれた時、本当に嬉しかったんだよ雲雀さん。
言うのが遅くなって、本当にごめん。今まで避けててごめん。
もう逃げないから、なあ、」

震える。手が、声が、肩が、全身が。
それでも逃げない。
彼女の切れ長の目から視線を逸らさない。

此処で逃げたら、今度こそ男が廃る。


『っおい其処で何をしている!』
『!うわ警察!?』
『・・・』
『お前が主犯か!?ちょっとこっち来て貰うぞ!』
『雲雀さ、』



もうあの時のように後悔だけはしたくない。
ほんの少しの勇気を、今此処で。


「前と今日の二回、オレは雲雀さんに助けられた。
だから今度はオレの番だ」
「・・・は」
「雲雀さんは何をしたら喜んでくれんの?あの時の貸し借りをチャラに出来んの?」
「何言って、」

動揺の色がまた浮かぶ。
意外と感情豊かなのか、それとも今だけなのか。
オレはあまりにも彼女の事を知ら無さ過ぎる。
―――だけどそれでも知っている事がある。

「助けてくれたのに何のお礼もしてないのは流石に悪いっしょ?」
「・・・私は高尾君を助けてなんかいない。
それはただの結果論であってそんな意図は、」
「それでも!結果論で言えばオレは助けられたんだよ!
助けて貰っておきながらオレは警察に連れてかれるアンタを助けなかった!
オレの自己満足だって分かってる、だけど!
アンタが優しい人間だって知ってるし、クラスメイトを羨ましく見ていたのだって知ってる!」
「・・・は、」

捲し立てるように言う高尾に千歳は一瞬言葉を失う。
今なんて言った?

「つか何でそんな強情なの雲雀さん!?
敢えて言うけどオレ諦めねーからな雲雀さんが拒否したってオレがその分だけ求めてやる!
雲雀さんがクラスメイト見てたのって『友達』に憧れてたんだろ真ちゃんそう言ってたぜ!?」
「はあ!?何勝手な事言って、」
「『友達』が欲しいならオレも協力するし!」
「・・・・・・待って話についていけな、」
「はい決まり!
反論は聞かねーからな雲雀さんが何もオレに望まねーならオレは勝手にする。
だから、」


此処で高尾は一旦言葉を切る。
鷹の目ホークアイで逃れる物は無い、だから彼女の表情も仕草も何一つ見逃さなかった。

羨ましそうに見つめる先はクラスメイトの姿。
幼馴染の緑間と絡む彼女。
中学時代には見られなかった彼女の表情。

それは、まるで。

「・・・とりあえず何も望まなかったら高尾君の気がすまないって事なんだよね?」
「?うん」
「そう」

中学時代とは全く違う短い黒髪から覗く眉間に皺が小さく寄る。
僅かに沈黙が二人の間に流れたが、それを破ったのは千歳だった。

「じゃあ高尾君、今日から私の友達になって」
「・・・・・・へっ?」
「よく友達って頼んでなるものじゃないって言うけど大事なのは経過と結果だしね。
うん問題無し」
「ちょ今度はオレが話着いていけないんだけど」
「つまり高尾君は今から私の友達第一号になったって事だよ」
「真ちゃんは!?」
「あー・・・真ちゃんは零号かな」
「すっげー投げやり!え本当に良いのそんなんで!?」
「良いも何も・・・私って元不良だし友達いないんだよね、だから高尾君さえ良ければ友達になってよ」
「・・・・・・」

先程の動揺は何処へやら。
軽く言われたので逆にこっちが不安に思えてくる。

「後高尾君・・・いい加減手首離してくれる?」
「え、手首?・・・うわあ!」

彼女の言葉に視線を手首に向けると繋がれた手。
思わずぱっと離してしまった掌からは彼女の体温が残っている。
それがひどく惜しく感じたのは高尾だけの秘密だ。


「ごめん、雲雀さん!」
「否問題無いけど。・・・今まで走ったし手に汗とか付いて無いかい?」
「それオレの台詞!!」


身長差から生まれる上目遣いに高尾の耳が僅かに赤くなる。
しかし千歳はそれに気付かない。


―――二人の関係がこのまま友人で終わるか。
それとも友人以上の関係になるのか。
それはまた別のお話。


雀と鷹



これにてヒバタカは一旦終了です。
高尾→主人公の呼び方についてとか原作介入編とか色々後日談ネタもありますが書こうかなどうしようかな。
感想等ありましたらお願いします!


20140309