過去企画 | ナノ

!主人公:九歳、幽:十三歳(?)



最近、兄が怪我をする機会が増えた。
詳しい事は分からないけれど、それが同じ高校に通う一人の同級生が関係しているらしい。
名前は折原臨也。
眉目秀麗を具現化したような人らしい。


幽はいつもの無表情を僅かに歪ませる。
兄がその怪力故に人に遠巻きされているのを知っている身としてはとても良い気はしない。
一体何の目的があって兄を傷付けるのか。
兄は理由無く傷付けるような人間ではない。
むしろ傷付けた人間よりも深く傷付いて帰ってくる。

勿論それは肉体ではない。精神の方で、だ。



「・・・兄貴、大丈夫?」
「幽か・・・ああ、大丈夫だ」

力無く笑う静雄に幽は一瞬眉を顰める。

・・・自分は兄の力にはなれないのか。
そんな葛藤が幽の胸中を占めるのだった。



  ♂♀



幽の悩みが晴れないまま数日。
始まりが突然なら転機もまた突然だった。


どんっ、とぶつかったと思った時には遅かった。
自分にぶつかったのは自分よりも小さく、そして幼い少女でその小さな体はタタラを踏み、最終的に道路と仲良く倒れ込んでしまった。


「・・・ごめんね、大丈夫?」
「だ、いじょうぶです。
ごめんなさい、よく前を見ていなくて・・・」
「・・・」

見たところ十歳前後の少女は、思いのほか大人びた話し方だった。
真っ直ぐな黒髪、意志の強い夕焼け色の瞳。
その小さな両手には手作りと思われるお菓子の山が。


「・・・あ、れ?
へーわじまさん・・・?」
「確かに俺は平和島だけど」
「え、え?金髪じゃ、ない・・・?」
「・・・」

夕焼け色の瞳が瞬くのを幽はじっと見つめる。

金髪。平和島。
その二つに当てはまるのは自分ではなく―――。


「俺は平和島幽。
金髪なのは兄の平和島静雄だよ」
「お、弟さんでしたか・・・!」

ぎょっと瞠目する少女に、幽は僅かに首を傾げる。
・・・兄貴がこんな年端もいかない女の子に手を出すとは思えないんだけどな。

そんな幽の疑問は少女の次の台詞によって吹っ飛ばされる事になる。


「え、えと私の名前は折原散葉、ですっ・・・いつも、兄が迷惑をおかけしていて、そのごめんなさい!」
「・・・え、」
「これ、お詫びの品です!
平和島静雄さんにも謝りたいんですけどっ・・・」

たどたどしく謝罪をしている少女に何か言える訳がない。
というか「折原」とはあの折原なのだろうか。
兄、折原、迷惑、お詫び。

これらのワードから導き出される考えに幽はとりあえず少女―――散葉を落ち着かせる事にしたのだった。



  ♂♀



「・・・つまり君のお兄さんが折原臨也さんで、お兄さんに代わって謝りに来たって事?」
「そうです・・・」
「・・・」

幽は純粋に驚いた。
こんなに出来た妹なのに話に聞く折原臨也と全然似ていない。繋がらない。
・・・余程苦労しているのだろうか。
たったの九歳なのにそれは何と言うか・・・。

「あの、怒ってます・・・?」
「怒ってないよ」
「そ、うですか?」
「うん。
俺は別に君に謝罪をして欲しい訳じゃないからね」
「・・・え」
「きっと兄貴も同じ事を言うよ。
だって君・・・散葉は彼の妹さんだけど謝罪までしなくて良い」
「ぅ・・・だって兄の不始末は妹が、」
「誰に習ったのそんな言葉」

幽は溜息を吐きそうになるのをぐっと堪える。
このタイミングでそんな事をすれば余計に怖がらせてしまう。
それだけは避けなければ。

「・・・正直、俺は何で兄貴をあんなに傷だらけにするんだろうって思ったよ。
でもそれを散葉に聞いても意味が無い。
だって君はお兄さんじゃないからね。
それに・・・」
「・・・それに?」
「・・・菓子折りを持って、兄に代わって謝ろうとする健気な妹の姿を見て怒る人ってそうそういないと思う」
「・・・?」
「散葉はまだ知らなくても良いよ」
「そ、うなの?」
「うん」

幽は無表情のまま静かに頷く。
艶やかな黒髪に視線を移して幽はふと心中で呟いた。


・・・妹ってこんな感じなのかな。
折原臨也さんの事は正直好印象とは言えないけれどその妹の散葉は何故か凄く自分の心の中にすとんと入ってきた。
これが庇護欲という奴なのか分からないけど、とりあえず貰ったお菓子が美味しかったので次お菓子を作ったらまた持って来てほしいという約束を取り付けるところから始めようか。


―――これが最初の邂逅。初めての出会い。ファーストコンタクト。

  鏡合わせ、水面の花

お待たせしました200,000hit企画第十九弾は月影綺羅様に捧げます!
幽君の中で折原兄妹に対する印象はちゃらんぽらんな兄に苦労するしっかり者の妹、というのが一番正しいかも知れない。
本編ではまだ書けていませんが主人公は幽に負い目があるのに対し幽は全くそんな事を思っていませんむしろお菓子を楽しみにしていると思います。
其処等辺のすれ違いもまたいずれは紐解いていかないといけないと再確認した作品でした。
企画に参加して下さり、有難う御座いました!

20130725