過去企画 | ナノ

!両想い



その日、笠松は人気の無い校舎裏を通りがかったのを心底後悔した。
理由は壁一枚隔てられた一組の男女にある。

「黄瀬君っ・・・好きです!」
「・・・」

黄瀬と呼ばれた男は一瞬の沈黙の後、口を開く。
その内容に少女は泣き、笠松はやはりと一つ溜息を吐く。

「・・・」

一方的に目撃してしまった自分の胸の中には後味の悪い何かが浮かび上がった。



  ♂♀



「・・・黄瀬、お前今日の昼休み告白されてただろ」
「ごふっ!」
「何!?黄瀬お前・・・!!」
「マジか、黄瀬!」

ゲホゲホと突然の笠松のカミングアウトに黄瀬は涙目で笠松を睨み、次いではっと何かに気付いたのかキョロキョロと周囲を見渡したかと思えば最後に、はーっと溜息を零す。

・・・忙しい奴だ。
笠松は半ば呆れ顔で後輩を見る。

今のリアクションはどうせ何の前触れもなく言った事に対する無言の抗議、そして黄瀬が最も聞かれたくない人物がいないかの確認だろう。
分かりやすいにも程がある。

「お前、彼女がいるくせに何告白に応じてんだ!」
「ちょ森山センパイ怖っ!目がマジで怖いっス!!」
「二股か?」
「最低だ!」
「小堀センパイに早川センパイまでっ!?」

絶叫する黄瀬に海常メンバーは白い目を向けている。
冷たい。冷たすぎる。

しかもまだ何も言ってないのに勝手に二股扱いされている。
あれか、新手のイジメか何かか。

「誰も付き合ったとか言ってないっスよ!
オレは散葉以外と付き合うなんて事は絶対に無いっス!」
「往生際が悪いぞ黄瀬」
「森山センパイ、人の話聞いてたんスか!?」
「(無視)安心しろ、黄瀬に裏切られた傷心の散葉ちゃんはオレが責任持って慰める」
「あははー・・・幾らセンパイでもあまり巫山戯た事を言ってると流石のオレも何するか分からないんで気を付けた方が良いっスよ?」
(((目がマジだ!!)))


顔は笑っているが目が笑っていない。
器用な後輩を間近で目撃した早川と小堀、笠松は文字通り凍り付く。

冗談で言った筈なのに本気で返されてしまった。
黄瀬の恋人に向ける愛情に内心では引いてしまったのは無理は無いと思う。
否、本当に。


「・・・話戻るっスけどオレちゃんと告白は断りました!
散葉がいるのにOKなんかする訳無いっス」
「お前、アイツに骨抜きだな・・・」
「散葉なら骨と言わず腑抜けになっても良い」
「馬鹿かっ!
折原がそんな事言われて喜ぶと思ってんのか!」
「寧ろ白い目で見るだろうな」
折原お(り)は(ら)が可哀想だ!」
「は!?何て!?」
「ならオレは腰抜けに、」
「森山まで何言ってんだ!!」
「そうっスよ散葉はオレのっス!!」
「黙れ黄瀬ェ!!」

ぱっかーーん!

「イッテー!!」

あちこちに突っ込みまくる笠松の息はもう絶え絶えだ。
骨抜きに始まり、腑抜け腰抜け・・・。
何の言葉遊びだ。

「可愛い後輩殴るなんて最低っスよ!?」
「今更何言ってんだ!!しかも誰が可愛いって!?」
「・・・確かに今更だな・・・」
あき(ら)め(ろ)、黄瀬っ!」
「大体何で散葉ちゃんは黄瀬と付き合う事になったんだ・・・!」
「そりゃオレと相思相愛になったからっスよ。
後何度も言いますけど名前で呼ぶの止めて欲しいっス」

今更だが此処はバスケ部専用の体育館である。
バスケの練習をしなければならない筈の彼等だったが話がヒートアップした所為で再開するタイミングを逃してしまっている。
しかしそんな事実も今の彼らにとってはどうでも良いことになってしまった。
それで良いのか、海常レギュラー。

「馬鹿か黄瀬。
散葉という名前も可愛いんだ、これを呼ばずにして何とする」
「名前も顔も可愛いのは同感っスけど仕草とか笑顔も可愛いのはオレだけ知ってたら良いんス」
「・・・お前の愛って重いな」
「黄瀬の好みのタイプって"ソクバクしない女の子"だったよな?
彼女はそういうのは全く無いととって良いのか?」
「何言ってんスか普通っスよ笠松センパイ。
後、小堀センパイの質問っスけど合ってますよ?
つーか寧ろ放っておかれる事の方が多いって言うか」


・・・放し飼いか。


何度も黄瀬を大型犬に見えてしまう彼等が咄嗟に思ったのはその一言だった。
可笑しい、その言葉は動物に使うものであって決して人間に使うものでは無かった筈なのだが。


「大体散葉は自分に鈍感っていうか無関心っていうか自覚が無いのが一番怖いんスよね。
まー其処も可愛いんスけど。
後普段素っ気ないけど頭を撫でた時嬉しそうな顔とか掌に擦り寄ってくる仕草とかもう堪らないっていうか・・・!
オレ初めてっスよ悶え死にしそうになったの!
あー何でもっと早く会わなかったのかそれだけが後悔っていうか、ねえセンパイ達聞いてます?」
『知るか!!』


マシンガントークで語られる内容に彼等は辟易した。
それはあれか、恋人のいない自分達に対する当てつけか。


「ていうか意外だな。
其処まで好きならマネージャーになってほしいとか言いそうなのに」
「あー・・・考えたんスけど・・・」

小堀の問いに其処で初めて黄瀬の勢いが衰えた。
視線が宙を舞い、挙動不審になる。

「散葉がオレ以外の世話をするのを想像しただけで何か腹が立、」
「お前の方が独占欲半端無ェし束縛してんだろーがっっ!!」


どがっっ


「っだぁあああ!!」

二度目の鉄拳に黄瀬は再び悲鳴をあげる。
懲りないな、と思ったのは一体何人か。

そして其処に今最も来てはいけない人物の声が響いた。



「・・・涼太君・・・?」



ピタリ



黄瀬の事を名前で呼ぶ女子は沢山いる。
しかし、この声の主を黄瀬が間違える筈が無い。


「・・・散葉?」

油の差していないブリキ人形のような動きで背後を見る。
琥珀色の双眸に映し出されたのは顔をこれ以上なく赤くし、わなわなと拳を震わせた恋人―――折原散葉の姿。

「散葉まさか今の聞い、」
「・・・君は!一体!大声で!何を!言ってるんだ!!」
「散葉待っ」
「五月蝿いっっ!!」

次の瞬間に響いたのは小気味良い音と黄瀬の断末魔だったのは言うまでもなく。

  君が可愛いのが悪い

200,000hit企画第五弾は東雲様に捧げます!
今回も参加して下さり有難う御座います(*^^*)

我が家の主人公を此処までベタ褒めしたのは多分黄瀬君が初でしょう(笑
そして皆様気付かれましたか?
本編初期では黄瀬の目の前で主人公が森山に口説かれていた場面では無反応だった彼がこうまで嫉妬心を剥き出しにして・・・!(ワナワナ
変わったなぁ、と思いながら書かせて頂きました!
これからも宜しくお願いします!

20130228