過去企画 | ナノ

私と幽君はモデルだ。
きっかけは不幸にも兄さんの機嫌を損ねてしまった人を介抱した事。
それから一気に私達を取り巻く環境は変わったと言えるのだが話が長くなるので、まぁ簡潔に言うと。


私と幽君は今日、歌手デビューします。


「栞?どうかした?」
「・・・幽君、私少し出てくるね」
「・・・俺も行こうか?」
「大丈夫だよ。少し気分転換に行くだけだから」
「・・・・・・そう」


栞はそう言うと楽屋から静かに出て行く。
幽は依然無表情だったが内心では僅かに栞の後姿に眉を顰める。

表面上はどうあれ、妹は自分と同様感情を表に出さないタイプな為、幽は不安に駆られたのだが栞はそれを知らない。



  ♂♀



それにしても幽君、もう少しで本番なのにまるで緊張の色を見せないなんて。
手に汗をかきまくっている私とは大違いだ。
同じ遺伝子を受け継いでいる筈なのにこの差って一体・・・!



「・・・・・・」


楽屋から出た栞は無表情で足を動かす。
擦れ違う人からは彼女の美貌に足を止めたり二度見したりするのだがやはり彼女は気付かない。


その行動はつまり注目を浴びているという事だ。
それは人の目に留まるという事でもある。
イコール、悪い虫にも絡まれやすい。


いつも傍にいる幽が牽制となっていたのだが彼は栞が気付く前に変な輩が近付かないようにしていた為栞は自身の事にとんと疎い性格になってしまった。
よってこれからの展開はお約束となってしまっても仕方のない事だった。


「あれ、見慣れない顔だね、一人?」
「うわっまるで人形みたいな・・・!」
「・・・・・・」


栞は突然立ちふさがった男性二人に僅かに首を傾げた。


・・・はて、この人達はだれだったか。


「・・・」
「無視しないでよー」
「・・・どちら様ですか?」
「え、君俺たちの事を知らないの?」
「最近人気出てきたと思ったんだけどなー・・・まぁ良いか俺は、」
「・・・・・・すみません先を急ぐので失礼します」
「えっ」


何かややこしい事になりそうだ、と勘が告げていた為普段はあまり使わない、優れた運動神経を此処でフルで使う。
動揺している二人の声をBGMにしつつ栞は無我夢中で走り去ったのだった。



  ♂♀



無我夢中で栞は走った。
それはつまり彼女が何処をどう走ったのか記憶が曖昧である事を示す。

テレビ局は幾つかの理由で複雑に入り組んでいる迷路だ。
芸能界に不慣れでテレビ局の中を自由に闊歩出来る程何回も訪れていない彼女は言うまでも無く迷子になった。

表情は相変わらず無表情ではあるが内心は嘗て無い程焦っていた。


(どどどどどうしよう!?
撮影時間に間に合わなかったら起こられるだけじゃ済まされない・・・!)


栞は何とか来た道を探すが悪化する気が否めない。
こうなれば最後の手段で擦れ違った人に頼るしかない、と決めて角を曲がろうとしたその時。


どんっ



「ぇ、」
「っ危な、」


誰かとぶつかり、思わず仰け反ってしまった身体。
栞は次に来る衝撃に咄嗟に目を瞑るが、来たのは衝撃ではなく誰かに手を繋がれるという感覚だった。


「・・・・・・」
「っ大丈夫、でしたか・・・!?」
「・・・・・・」


目の前には端正な顔立ちをした男性。
栞はその男性の顔にあれ、と僅かに首を傾げる。

・・・・・・この、顔は。

「・・・・・・何処か怪我を・・・!?」
「・・・・・・(はっ)大丈夫です、貴方のおかげで助かりました」


栞は内心でこの男性について思考をフル回転させる。

彼はもしかしなくても。
あの乙女ゲームの・・・。


「・・・・・・すみません、少し伺いたいのですが」


しかし栞はそれを敢えて口に出さなかった。
ややこしくなる事は明白だった為、代わりに幽の待つ楽屋までの道のりを聞くことにしたのだった。



  ♂♀



一方、栞とぶつかった男性、一ノ瀬トキヤはある事に気付いてしまった。
事務所からの命令で自身が演じるキャラクター、HAYATOではなく素で目の前の彼女と話していた事である。


彼女はそんな事を気にしていないのかただ淡々としているのだがそれが余計にトキヤは焦燥感に駆られた。


HAYATOだと騒がれたらHAYATOの仮面を付けて返せば良い。
だがそうでない場合は一体どうすれば良いのか全く分からない。


彼女が何も言わないのを見てトキヤはとうとう自分から切り出してしまった。


「・・・・・・何も、言わないのですか?」
「・・・・・・何を」
「HAYATOだと、・・・今の私を見て何も思わないのですか?」
「・・・・・・・・・・・・そういえばそっくりですね」
「・・・・・・」


リアクションが薄い。薄すぎる。
身構えた自分がバカみたいだ、何故だろう気恥ずかしくなってきた。


「・・・貴方が誰であろうと構いません。
突然ぶつかってしまって貴方も"本来の"貴方で反応してしまったのでしょうから」
「・・・!」
「咄嗟の出来事に対して人は素が出てしまうものですから」


此方の不注意でぶつかった私に優しく対応して下さったんですからきっと貴方は優しい人なんでしょうね。


「・・・・・・っ」
「・・・・・・どうかしましたか?」
「いえっ・・・」

トキヤはHAYATOではない"一ノ瀬トキヤ"に向けられた言葉に思わず泣きそうになったのだが、彼女はそれを知ることは無く。

  もしもの話

お待たせしましたー!(汗
100,000hit企画第十一弾は五瀬様に捧げます!
こんな感じで良かったのか甚だ疑問です・・・企画にご参加下さり有難う御座いました!

20121104