!『花雪』
栞は内心後悔していた。
否、それはいつもの事だけど。
(早乙女学園一日体験入学って・・・・・・)
私年幾つだっけ。
二十歳超えているのに制服!?
いやいやないない、撮影以外で制服着用って。
葛藤の嵐に見舞われながらも、彼女は舞い込んできた仕事をこなすことにした。
どちらにしてもこれは決定事項で文句は言えないのが現状なのだから。
♂♀
「Sクラスのみなさーん!今日はビッグゲストが一日生徒としてやって来てクレマシター!」
早乙女学園Sクラス。
壇上にて早乙女がオーバーリアクションで声高らかに放った言葉に生徒の中で動揺が起こった。
「一日生徒・・・?」
「ビッグゲストってシャイニング事務所の誰かって事か?」
そんなことが囁かれる中、トキヤを含む何人かは我関せずを貫く生徒もいた。
「なあトキヤ、誰だと思う?」
「・・・誰でも構いません、私には関係ありませんから」
翔がトキヤに小声で話しかけるが、相変わらずの口調でトキヤは返す。
翔も具体的な答えを求めていなかったらしく、だよなあ、の一言で会話が終了した。
「うーん、みなさん良い反応デスね!
ではでは入っちゃって下サーイ!」
トキヤはこの時までその『ビッグゲスト』とやらに興味関心はなかった。
そう、この時までは。
ガラッと扉が開く。
Sクラスの生徒の視線がドアの方へと集中する。
「えっ、ウソ・・・」
「あれっておいまさか・・・!」
Sクラスに動揺が走る。
それはそうだ、何しろ、シャイニング事務所の誰かだと思っていたのに、早乙女の横に立った"彼女"は全然違う事務所の人間なのだから。
「・・・初めまして」
その声に、トキヤは凍りついた。
・・・この、声は。
「羽島幽です。
一日だけではありますが、宜しくお願いします」
トキヤは外にやっていた視線を壇上に移す。
其処には、"あの時"よりも髪が短くなっていたが、それ以外は変わらない彼女が―――羽島幽が其処に、いた。
幽こと栞がそう挨拶すると同時に、Sクラス全体から凄まじい歓声が上がった。
「ええええええええ!!!」
「本当にあの羽島幽!?これは夢か!?」
「ウソ本物!?」
等々。
栞は突如あがった歓声に内心で飛び上がった。
「・・・・・・・・・」
ちょ、耳が割れるから!止めて止めて!
というより、何この悲鳴!
挨拶しただけなのになんでこんなことになるの!?
私チキンだよ、本物のチキンなら逃げてるよ!
え、逃げて良いの!?
「あー・・・悪いな。うちの生徒が・・・」
「・・・いえ、構いません」
疲労が滲んだ声で日向龍也は溜息混じりに呟いた言葉に幽は内心の悲鳴など一切感じさせない台詞を返したのだった。
そうしてお昼休み。
Sクラスはテレビと同様の無口無表情の幽について熱く語っていた。
「本当にあんな感じだったんだねー」
「キャラクターかと思ったけどアレが素なんだな」
「あれだけ美人なのに、全然媚びてないし、実力派女優っていうのも納得」
「・・・なんか凄い人気だな、羽島幽」
「それは無理もないさおチビちゃん」
「誰がチビだっ!」
「まあまあ。其れよりも・・・」
レンは視線をズラし、ある男を視界に入れる。
翔も其れに倣い視線を追うと、其処には、不機嫌を撒き散らすトキヤの姿があった。
・・・・・・。
「イッチー、ちょっと良いかい?」
「・・・・・・すみません、所用があるので失礼します」
「え、あ、お、おお」
トキヤは嘘を吐いた。
嘘を吐いてまで、あの教室にいたくなかった。
兎に角彼女の話題が出ていない所にいたかった。
何故彼女が此処に、と思った。
其れと同時に言いたい事も聞きたい事もあった。
だけど、気軽に彼女に話しかけることは出来ない。
彼女に迂闊に話しかけてHAYATOの事を持ち出されたら、自分は終わりだ。
否、その時は白を切れば良いのだ。
この学園に入学した時、クラスメイトにしてきた事と同じように。
だけど。
「・・・・・・(はぁ、)」
此れは自分の意地なのだ。
彼女には嘘を吐きたくない。
HAYATOではない、自分を、『一ノ瀬トキヤ』を見て欲しい。
其の黒曜石の双眸で自分だけを見て欲しい。
もう一度、あの声で自分だけに紡いでほしい。
羽島幽が所属するジャックランタン・ジャパン社長は何処かしらでシャイニング早乙女と似ている。
今回のことも二人の意気が投合した結果彼女が抜擢されたのだろう。
其の目的が何なのか知らないけれど。
彼女との出会いは誰にも言ってない。あの早乙女にさえも。
言う必要が無かったし、何より誰にも知られたくなかった。
あの日のことは二人だけの秘密にしたかった。
(私がっ・・・!)
誰もが彼女のことを噂する。
仲良くなりたいと、親密な関係になりたいという下心で彼女に近付く。
そんな光景を、見たくは無かった。
(私が最初に、出会ったのに・・・!)
訳の分からない葛藤のまま、辿り着いた先に視界に飛び込んできたのは湖だった。
(此処なら・・・)
此処なら静かに食事が出来る。彼女のことを整理出来る。
そう、思った。
♂♀
一方。栞はというと、自分に寄ってくる生徒を撒いてある生徒を探していた。
(・・・教室には居なかったし・・・まさか仕事で抜け出したとか?)
其れは其れで虚しい。
授業中に彼を盗み見たところ、以前会った時よりマシな感じはしたが其れはあくまでも表面上の話だ。
(うーん・・・確か『原作』だと表情に出さないタイプだったからなぁ・・・)
言うならば、シズ兄さんとは逆だ。
彼は何でもかんでも内に溜め込んでパンクするタイプ。
(とりあえず、外に出てみるか・・・)
栞は誰もいないことを確認してから外へと抜け出した。