過去企画 | ナノ

此処最近、羽島幽こと平和島栞は悩んでいた。

成り行きで始めた女優の仕事にも大分慣れてきた彼女だが、新たな悩みを抱えていた。
―――それは。




場所はとあるテレビ局。
彼女はある番組のゲストとしてドラマの告知をする為にやって来たのだが。


「羽島さん、今日付き合ってよ」
「・・・・・・・・・」



告知も終わり、漸く帰れると一息ついた瞬間、目前に居る男によって其れは阻まれた。

その男性は自分と同じく同業者であり俳優だった。
以前共演してからというもの、目の前に居るこの男性から栞はずっと付き纏われていた。
最初は栞と何とか関係を持とうと色々声を掛けられていたが栞が全く相手にしなかった為、今度はやり方を変えて羽島幽の専属スタッフである永遠やルリ達に手引きをして貰おうとしてきた。


彼女達にまで迷惑をかけてしまった事を知り、すぐに謝罪をしようとしたが全員一貫としてその謝罪を受け取って貰えなかった。

曰く「幽さんが悪くないから」


本当に自分には勿体無いスタッフ達だと改めて痛感した。
兎に角、この問題は自分が何とか対処しなくてはならない。
栞はそう思ったが、具体的にどうすべきか全く思い付かなかった。


「ほら羽島さん、この後予定無いんでしょ?」
「申し訳ありませんが、」
「そんな事言って!
俺は知ってるんだ、本当の君は人肌を恋しがってるんだって事」
「・・・・・・・・・・・・」

何言ってんのこの人!
貴方は私の一体何を知ってるんだ、勝手に決めないで下さい!
否、仮にそうだとしても貴方とそういう関係になるつもりは無いから!
下手な事をしてクビになったらどうしてくれるの!?

それよりも手を離してぇぇ!!

「何も答えないって言う事は図星って事だろ?
ほら強がらなくても良いから、」
「っ・・・」

男は自身の片手を彼女の華奢な肩に手を回す。
その瞬間、栞の身体がピクリ、と小さく反応するのを彼は見逃さなかった。

人形めいた美貌は相も変わらず動かなかったがこれからの展開を想像するとそれも崩れるだろう。

そう思った瞬間自身の顔がニヤつくのを堪え切れなかった。
そして半ば無理矢理彼女を目的地に連れて行こうと力を込めた瞬間。



「―――ああ此処に居たんですか羽島さん」
「・・・は?」
「ぇ、」

突如響いた男性の声に二人は何処か間の抜けた声を出した。
背後から響く声の主を知っている。
その事に栞は自分でも無意識の内に強張っていた肩の力が抜けたような気がした。

「羽島さん、先程マネージャーさんが探していましたよ。
何でも明日のスケジュールに変更があったそうです」
「・・・・・・」

クルリ、と背後を振り向くと其処には確かに自分が想像していた人物、一ノ瀬トキヤが居た。


「あ、」

有難うと彼女にとっては二重の意味を込めた感謝の気持ちを伝えようとした瞬間、彼の怒号が其れを掻き消した。

「ふ、ふざけんな!
そんな話嘘だろ、嘘に決まってる!」
「ほう?嘘だとどうしてそんな事が言えるんです?」
「俺は彼女と一緒に居たが、本当に探してるんだったら携帯で電話すれば一発だろ!」
「・・・私もそう思ったのでマネージャーさんに聞いたのですが、どうやら彼女は携帯を忘れてしまっていたようです。
なので地道に探すしかなかったのでしょう」
「ぐっ、」

トキヤの尤もな言葉に男性は悔しさで歪んだ表情を涼しい顔をしたトキヤに向ける。
彼の紺碧色の双眸はまるで自分など視界に入っていないかの様だ。
それに気付いた瞬間、余計に腹ただしく思えた。

「・・・羽島さん、また誘うから!」

まるで捨て台詞の如く放った言葉に栞は一瞬黒曜石の双眸が揺れる。
その変化を男は気付かず、正面に居たトキヤは気付いた。

バタバタと走って行った彼の後姿を見届け、トキヤは深い溜息を吐いた。

「・・・っ」
「"栞さん"、大丈夫ですか?」

トキヤの溜息に小さく反応したのも見逃さずに、トキヤはあの男の前では決して言わなかった彼女の本名を紡いだ。
彼女のプロフィールが一切の非公開という事務所の方針等関係無く、トキヤはこの恋人の事を誰にも話したくなかった。


独占欲、と言われたらそれまでだがそれでもこの感情は混じり気無しの本音だ。


「うん、・・・有難う」

何処か強張った表情。無表情の中に混じる、彼女の感情。
トキヤはゆっくりと栞の頬に手を伸ばす。

「無理をしないで下さい。
・・・もう少し早く助けられたらこんな怖い思いをしなくてすんだと言うのに・・・すみません」
「ちが、」
「ですが、」
「トキヤ君、落ち着いて。
僕・・・私は、大丈夫、だから。
こんな風に付き纏われるのは今日だけじゃ無―――」
「なっ」

思いもよらぬ彼女の一言にトキヤの紺碧色の双眸が瞠目する。
次いで彼女も自分が墓穴を掘った事を自覚した。

しまった―――!

「くっ!」

バン、とトキヤの拳が壁に激突する。
栞は無言でトキヤの拳を見る。


(・・・痛くないの!?
否、私が原因なんだけど・・・!)

栞が沈黙を破るように言葉を紡ごうとした瞬間、彼女にとって聞き流したい台詞が飛び出したような気がした。

「あの男と言わず、貴女に近付く男全員を首輪(鎖付)で繋いでやりたい・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

嫉妬全開で放たれた言葉に栞は思わず沈黙したのだった。

  とある有名女優の悩み事

お待たせしました、50000hit企画第九弾です!
ネタとしては第二弾と被っていますが展開としては大分変わった、筈。
トキヤの愛情が何か更に止め処ない気がしてきた(汗

20120802