過去拍手 | ナノ

!両想い
!バレンタインネタ


「・・・」


散葉は考えていた。
これ以上無い程に、真剣に。


「うーん・・・」


今まで兄や静雄、幽位にしか渡さなかった。
しかし今年はそれに加え、ある人物にもあげる事になった。


「・・・涼太君、どういった物が好きなんだろ・・・」


基本的に彼は自分が作った物は全て美味しいと、笑って食べてくれる。
その笑顔は撮影時の作られた笑顔ではなく、彼本来の笑顔である為素直に嬉しい。
そう、嬉しいが。


「・・・バレンタインチョコ、やっぱり貰うだろうな・・・」


どんなに難しいのを作ってもお店で買っても自分以外の女子から沢山渡されるのが目に見えている。
その上、自分のチョコも彼の戦利品としてチョコレートの山が作られる事も、その山の一角を担う結果になる事も。
もう別に彼に渡さない方が良いのではないか。


「・・・」


ずーん、と落ち込みかけていた散葉の耳に携帯電話の電子音が届いた。
視線をズラし、画面を見ると表示されたのは『平和島幽』という文字。

散葉は考えるよりも先に急いで通話ボタンを押して耳に携帯を押し当てた。


『散葉、今大丈』
「助けて下さい幽さん!!」
『・・・どうかしたの?』
「男心について私にレクチャーをお願いします!」
『・・・』


散葉の並々ならぬ気迫を電話越しに感じ取った幽は内心、戸惑いを覚えたのだが悲しいかなそれに気付いた人間は居なかった。



  ♂♀



幽の電話から数日後。

「・・・という訳で涼太君、チョコレートが欲しいか聞きたいんだけど」
「何から突っ込めば良いのか分かんないっスけど、とりあえず何で最初に相談したのがオレじゃなくて羽島サンなんスか!?
つーか何が『という訳』!?」
「・・・え、其処を気にするの?」
「やっぱ散葉、男心に疎過ぎ!!」
「(カチン)そもそも私は女だし、寧ろ聡かったら可笑しいだろ!」
「っ男心をきちんと理解している散葉って何か嫌っス!」
「だからそう言ってるじゃないか!!」

ぎゃあぎゃあと言葉のドッジボールを行う二人は現在学校の屋上にいた。
彼らの論議の中心である異性の心の機微を理解できる人間を敢えて例に挙げるとしたら散葉の兄、折原臨也だろう。
その事は勿論妹である散葉も知っているが、余程の事が無い限りあの変人に頼る真似はしたくなかった。
故に、兄ではなく兄の天敵の弟である幽に頼ったのだ。


「そもそも私は男の人と付き合うのが初めてだし、こういう経験が無いんだから分からなくなっても仕方ないだろ!」
「っ散葉、」


自分の口から出てくる可愛くない言葉の数々に自己嫌悪したくなる。
幽に相談に乗って貰い、意を決してチョコレートを作ってきたのに、とても言える雰囲気ではない。
わかっているのに、口は止まらなかった。


「君は沢山他の人から貰うだろうし私からチョコレートを贈ってもその中の一つになるなら別にあげなくなったって、むぐっ」
「散葉!」
「・・・涼太く、」


寒空の下、艶やかな黒髪を靡かせて話す散葉の頬は寒さの所為か、気恥ずかしさの所為か赤みがかかっている。
否、どちらでも良い。
自分がやる事は決まっているのだから。


「ゴメン」
「へ?」
「散葉を、不安にさせたっス・・・。
散葉の気持ち考えなくてゴメン。
散葉が嫌なら他の娘(こ)のは受け取らないから。
オレは沢山のチョコよりも散葉のチョコが欲しい」
「涼、」
「散葉」

いつの間にか自分を掻き抱く黄瀬の力強さに散葉は何も言えなかった。
黄瀬の自分を見るその琥珀色の双眸に宿る熱に。

唇に触れたその感触に、その熱に、散葉はただ酔いしれるしかなくて。
彼女が黄瀬にチョコレートを贈れたのは十分後の事だった。

201302XX