!『花片』@×『花片』A
此処が早乙女学園、ですか・・・。
トキヤはアイドル、『一ノ瀬トキヤ』として再スタートする為に早乙女学園を受験し、見事成績優秀者が集うSクラスに入学する事が出来た。
自分が演じるHAYATOが原因で精神崩壊寸前であったトキヤの前に現れ、道を差し示したのは早乙女学園の学園長であるシャイニング早乙女だと事務所の人間は思っている。
トキヤはその事に気付いていても否定はしなかった。
道を指し示してくれたのは確かに早乙女だが、手を差し伸べてくれたのは名も知らない"彼女"。
姿と声しか分からないが、トキヤは確かに救われた。
自分があのHAYATOだと気付いても尚、『一ノ瀬トキヤ』として接してくれた事。
真摯な瞳、揺るぎ無い雰囲気、落ち着いた声。
あれから半年近く経っているがそれでも彼女の姿は覚えている。
「せめて名前だけでも聞いておけば良かったですね・・・」
せめて。せめて名前だけでも。
トキヤはあの日の自分の行動を恨みつつ、ゆっくりと早乙女学園の門をくぐったのだった。
♂♀
「・・・なああれって・・・」
「ああ、HAYATOだろ?」
「何でデビューしているアイドルがわざわざ学園にいるんだよ」
・・・・・・分かってはいましたが、やはり愉快な気分はしませんね。
トキヤは深い溜息を吐く。
一体この中の何人が本気でプロになりたいと思って入学しているのか。
更に自分と作曲家の音楽感覚が合う人間がいるのか、怪しく感じてしまうのは仕方が無いだろう。
何せ、自分にはこの事務所からデビューするしか方法が無いのだから。
(・・・・・・彼女みたいな人がいたら良かったのですが・・・)
そんな簡単に上手くいく筈がないのは承知しているがそれでも願ってしまう。
トキヤはSクラスの教室にて小声で騒ぐ自身の話題を軽く聞き流しつつ、本の世界に入る事にした。
―――だから気付かなかった。
彼の二列斜め後ろの席に座った男の存在になんて。
♂♀
時間が進み、現在Sクラスにて簡単な自己紹介が行われている。
トキヤは最後の作曲家の紹介を聞いて僅かに落胆したような表情を浮かべた。
(やはり私と合いそうな方はいなさそうですね・・・)
こうなったら自分一人でやった方が良さそうだ。
トキヤは内心でそう判断した瞬間。
次の自己紹介をする為席を立った音がトキヤの耳に響いた。
「・・・、」
特に理由は無かった。
けど何故か振り向いて顔を確認しようと視線を走らせ、相手の顔を見た瞬間トキヤは文字通り絶句した。
「・・・アイドルコース、平和島幽。
一年間宜しくお願いします」
無表情すぎる無表情。抑揚の無い声。
その人物は、あの日手を差し伸べてくれたあの女性と殆ど同じ顔。
赤の他人とは思えない位似ている彼にトキヤは今すぐ問い質しくなった。
何故。
どういう関係なのか。
もしかすると、彼女もこの学園に通うのだろうか。
そう思うとトキヤは早く、この自己紹介を終わらせてほしいと心底願ったのだった。
201210XX