!『花片』B
「おーい、栞ー?」
「ピ?」(ん?)
翔が先日自室に転がり込んできた小さな居候の名前を呼ぶと特徴の有る鳴き声が翔の耳に届いた。
「お、こんな所に居たのか」
体格差が有り過ぎることを気遣い、翔はゆっくりと栞の元へと足を動かす。
次いで、目線を合わす為に#光理#の身体を持ち上げて笑いかけた。
「さっき聖川から苺を貰ったんだ。お前も食べるか?」
「ピカ!」(苺!)
翔の口から『苺』という単語を聞いた途端、栞の耳はピクリと動く。
更に漆黒の双眸も輝きを増した。
「よしじゃあ行くか!」
ニッと笑う翔に栞は抱かれながら連れて行かれた。
「ほらこれがお前の分」
「ピ!」(有難う!)
人間にとって小さなサイズであろうと小柄な体躯であるピカチュウの身体は丁度良いサイズである。
「・・・・・・」
苺を頬張っている栞の赤い斑点が一つ描かれた頬を翔は無言で眺める。
そして出来心でツン、と苺が詰まった頬を指で突っついた。
「ピッ・・・!」(わっ・・・!)
「あ、悪い、つい・・・!」
驚いた様に丸い目を更に丸くした栞が翔を見る。
小首を傾げ、此方を見る栞は文句無しに可愛い。
今なら那月の気持ちが分かる。ゴメン那月。
「・・・?」
何を思ったのか栞は翔の掌にそっと皿の上に乗った苺を置く。
「ピカ!」(はい!)
「・・・くれんのか?でも俺、先に食べたんだけど」
「ピ!?ピーカピカ」(え!?でも一度渡したんだから・・・!)
「わ、悪い先に食べちまって。断れなくってよ・・・。あーでも折角だし貰っとく。ありがとな」
そう言うと翔は栞から苺を受け取る。
双方は何処からとも無く笑おうとしたのだが、此処で穏やかな空気が一変する。
「翔ちゃーん!栞ちゃーん!」
「だーーっっ那月、お前もっと静かに入ってこれねェのかッ!!」
ピヨちゃんぬいぐるみを放り投げなかっただけ、翔にとっては上出来である。
手元にあったらやっていたかもしれない。
但し顔面は確実に避けつつ、だが。眼鏡を落として彼が出てきても困る。
・・・困る、で済めば良いけどそうは問屋が卸さないのが"彼"だ。
「あっ苺ですかぁ。可愛いですねぇ栞ちゃんと居ると更に可愛いです!」
「ピカ・・・!?」(かわっ・・・!?)
慣れない言葉に赤面し、俯く栞。
その姿は何と愛らしいことか。
但し忘れてはならない。
栞の姿はあのピカチュウであり、そのピカチュウは全国的に愛されるキャラクター。
そんな恥らう姿を見せられて那月が暴走しない訳が無く。
「―――可愛いっ!栞ちゃん、ぎゅうーー!!」
「―――(ハッ)ッ逃げろ栞!」
「ピー!」(わー!!)
どったんばったん。
今日も栞は命からがら逃げるのに必死になり。
結果、折角翔がくれた苺を満足に食べられず、落ち込む事になるのだがそれは又別の話である。
201205XX