花片ファンタジア | ナノ

今日もいつもと変わらない日々を過ごす筈だった。
後に一人の少年はそう語ることになるのだが、この時の少年は当然、それを知らない。


「だーかーらーいい加減にはーなーせー!!」
「えー何でですか翔ちゃん」
「んなの誰だって嫌に決まってんだろーがー!!」

激怒する翔は自分に抱きついてくる那月を振り払おうと必死に手を動かすが悲しいかな、那月には全く効果が無い。
無駄に体力が削ぎ落とされるだけなのだが、翔は必死になりすぎてその事に気付かない。

「つーか那月、お前は聖川たちと約束があったんじゃねぇのか!?」
「あっそうでしたぁ!じゃあ翔ちゃんまた後でね!」
「ってうわ!急に離すな!!」

今までの抵抗は一体何だったのか、と聞きたくなる程簡単にぱっと離された那月の両手。
翔はぐったりと疲れを見せる顔で力なく、去っていく那月の後姿を見る。

此処は寮の廊下でまだ自分の部屋まで僅かに距離がある。
翔は部屋の鍵を取り出しながら部屋の前まで力なく歩く。

辿り着いた自身の部屋の前に立ち、静かに解錠しドアを開ける。

(早くベッドに横になろう・・・)

そんな翔の願いも虚しくも散ることを彼が思い知るのは、この5秒後のことだった。



  ♂♀



「あー・・・疲れ・・・・・・・・・た・・・」

翔の途切れた声が虚しく部屋に響き、消える。
冬の空の様な、澄んだ空色の双眸が一匹の生物を真っ直ぐに捉えて凝視する。

其処には色んな所でよく見かけるヤツに似ていた。


"ソレ"は猫よりも大きく、(種類にもよるが)犬よりも小さい。
二つの長い耳の先端は黒。
尾の根元と背中の模様の色は茶色。
両側の頬には赤い斑点みたいなのが一つずつある。
全身は黄色い体毛で覆われており、瞳の色は漆黒。
その漆黒の瞳はまるでチワワを連想するような、酷く庇護欲を沸き立たせるかのような―――。


其処で翔ははた、と思い至った。


・・・ていうか、何処かで見た事がある。
ああそうだよく薫と昔ゲームしていたキャラにいたよな、確か・・・。

・・・・・・・・・え?


来栖翔、十五歳。
今まで平々凡々、順風満帆とは決して言えない人生を歩んできた彼だが、この時ほど驚愕した日はないと後に語る事になる。

「はあぁぁぁぁ!?」

彼はきっちり五秒硬直した後、心の底から絶叫した。
一方悲鳴をあげる原因となった存在・・・光理は無駄に聴覚が良くなった所為か、翔の声が直撃し、思わず耳を前足(足!)で塞いだ。

「ピ・・・!」(うわ・・・!)
「え、ちょ、は、マジであのピカチュウ!?」
「ピーカ・・・」(やっぱりピカチュウなんだ・・・)
「えぇぇぇ、俺夢でも見てんのか!?」
「ピカチュ」(私も夢オチ希望だよ)
「つかコイツどっから来たんだ!?アレ?ピカチュウって現実世界にいたか!?
まさかあのオッサンの仕業じゃねぇだろうな!?」
「ピカピ?」(オッサンって誰ー?)
「うわ有り得る・・・あのオッサンとうとう三次元と二次元の境界線を取っ払いやがったのか・・・!?」
「ピィカー」(ねぇ君、話を聞いてよー)

言葉が全く違う為、会話も全く成立しないこのやりとりが暫く続くことになった。

  翔の災難


ということで正解は那月・翔の部屋でした!
因みにうたプリ世界でも携帯獣は存在するよ!っていう設定。

何故この二人の部屋になったかと言うと当初の設定でパートに分けようと思って最初に手がけたのがこの二人だったから。
でもこれで丁度『花雪』『乙女』でバランスが取れたので良しと、したいなぁ・・・。

20120328