!主人公不在
!半纏→→→→→→→主人公
彼女が俺の目の前からいなくなって百十五年と二百十七日経った。
それはつまり彼女が死んだ日にちを表す。
彼女、安心院つゆりは未だ復活を果たしていない。
だから俺は今も尚反転し続けているわけなのだが。
「・・・・・・」
移ろいゆく時代の流れに身を任せていたが、もしかしなくても彼女の中でもう生き返ろうとする意思がないのかもしれない。
もう『出来無い』事なんて存在しないのだと、諦めてしまったのだろうか。
「・・・・・・」
沈黙。
痛い程の静寂さがこの場の空気を支配する。
それでも空色の人外は動かない。
つゆり、俺はいつまで君を待てば良い?
お前を想う時間が長すぎて色濃くて、割り切るなんて芸当は出来ない。出来やしない。
―――そう、
出来ない。
『出来ない』事に挑む彼女の姿がどうしようもなく愛しくて。
『やあ半纏、復活に時間がかかってしまったけど面白そうな事はありそうかい?』何もなかったような顔でそんな軽口を言いながら、つゆりが『
腑罪証明』で現れるのをずっと待ってる。
唯一の心の拠り所は、彼女が身に付けていた黄色のリボンと赤銅色がかったひと房の髪の毛だけ。
「・・・・・・」
半纏はその赤銅色に何度目かの口付けを落とした。
勿論、応えは無かった。
△▼△
「・・・・・・」
半纏はいつかの記憶の海に意識を飛ばしていたのだが、ふと幼子の嗚咽混じりの声に意識を覚醒させた。
ひっく、ぅえ・・・・・・
「・・・・・・」
こつ、と小さく足音を立てながら一本だけぴょこんと飛び出ているアホ毛を揺らしつつ半纏はその声の持ち主の元へと足を向ける。
「うぅっ・・・」「・・・またお前か」
「!?」
死んだ魚のような、という表現が相応しい瞳が映すのは太陽の光を彷彿させる金髪の少年だった。
歳は五歳半ば程。
真夏の空を切り取ったような瞳には大きな涙が浮かんでいるのを、無感動に無表情に半纏は見つめた。
「半纏の、兄ちゃん・・・」
「此処で泣かれると俺の安眠妨害なんだと前にも言った筈だが」
「だって、オレの事、殴らねえの、・・・ぅ、ひっ、じいちゃんと、兄ちゃんだけだ、し」
「・・・・・・」
金髪碧眼。頬に猫の髭のような三本線。
この少年が、この「世界」の主人公。
不知火半纏はまるで空気のような存在だった。
言葉を発しない。気配さえ、揺るがない。
ただし。
全てを受け入れる代わりにその懐には何者さえも潜り込ませない。すべてを拒絶する。
彼が決めた、唯一絶対の彼女だけは。
善も悪も正も負も関係無い。全てを表裏一体と見なす、どっちつかずの『悪平等』。
「・・・・・・俺に何かを期待したって無駄だ。
お前がどんなに願い、望み、渇望したって俺がお前にとっての『何か』になる事は無理だ」
そして俺の事は反転院さんと呼べ。
半纏は冷たく言い放つ。
何の抑揚も感情も感じさせないその声で。
しかし少年はそれに気付く事無く否定の言葉を口にする。
「そ、れでもっ!」
「・・・・・・」
この少年がこの世に生を受けた時に直感した。
彼が「この世界」においての主人公だと。
数々の戦いを経て仲間を増やし、幾つもの死線を乗り越え、途中修行編みたいなのに入って強くなって後は一回死にかけたりなんかもするが最終的にハッピーエンド。
そんな道筋をこの金髪の少年も成長したらいずれ辿るのだろう。
腹の中に彼の者を封じ込められた時点で波乱万丈の人生には変わりない。
半纏は心中で溜息を一つ吐く。
どの道半纏はこの少年の近くにいるつもりなのだ。
今の半纏はかつて自分の光だった安心院つゆりの固有スキルを全て持っている。
これも彼女が死した影響だろう、光と影が反転したその瞬間から彼は一京のスキルを問題なく使えた。
だからこそ不老不死のスキルである『
死延足』も問題なく使えるのだ。
死ぬ事は無いからこの少年の少々の無茶ぶりにも付き合える。
「半纏のにーちゃん、何かお話してくれってばよ」
「・・・・・・・・・まず俺の事は親しみを込めて反転院さんと呼べ。
話はそれからだ」
例えば、もしも、仮定の物語。
という事で殆ど衝動書き。
半纏さんの小説何故こんなに少ないの。
とりあえず主人公が復活するまでの閑話。
半纏さんが反転院さんとして動き出すまでの、暇潰しみたいな。
20141011