虹色理想郷 | ナノ

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バタンと慌ただしく閉じられた扉。
早乙女は震える拳に気付かぬふりをする代わりに固く握り締める。
扉の向こうには一組の男女の声。

一言二言会話を交わした後、早乙女の耳には一切の物音が聴こえなくなった―――のも束の間。
新たな声が学園長室に木霊した。


「やあ早乙女君、息災かな?」
「・・・Miss安心院・・・何の用だ?」

いつものテンションとは大分違う、早乙女の本来の声。
その圧力は誰をも屈服させてしまいそうな程であるが、そんな事は彼女―――安心院つゆりには効かない。通じない。

何故なら彼女は彼以上に飛び抜けているからだ。
誰よりも上に立つが故に、誰よりも人を見下している。
それが、安心院つゆり。


「んー・・・特に用という程のものは無いんだけど・・・まあ君も忙しい身だし此処は単刀直入に聞こうかな」
「・・・?」


早乙女は此処で初めて背後で悠然と座るつゆりの方へと視線を移動させた。
其処にはやはり記憶と何も変わらない少女がいると思っていたが―――その予想は大きく外れ、彼女は"あの時"と変わらず年はとっていないものの髪の色が白く、華奢な体躯は巨大なマイナス螺子で貫かれていた。


「な、」
「どうだい?
あの赤い髪の少年が君の実の息子だよ。
・・・君は一生名乗らないつもりかい?」

つゆりの髪の色や螺子について問い質そうとしたが、その問いは彼女本人に遮られた。
・・・否遮られるばかりか、彼女の台詞は自身の弱い所を容赦無く切り裂くものだった。

「・・・安心院つゆり、それを一体何処で、」
「おいおい僕は何処にでも現れる事ができる人外だぜ?
僕にかかればそれ位の事を知るなんて造作もないよ」


つゆりの双眸に剣呑で、鋭く冷たい光を宿らせる。
まるでそれは、抜身の刃のようで。


「僕に言葉で取り繕ったって無駄さ。
だからそんな胡散臭い外国人のような言葉ではなくて、君の本音を聞かせてご覧?」
「・・・」
「・・・まーそんなに交友関係を築いていなかったし、いきなり僕に話せって言われても困るってものだよね。
でもこの世界で僕程に関係を断絶している存在はいない。
これでも僕は君と仲良くなりたいと思っているんだぜ?」

早乙女は薄らと嗤う少女にサングラスの奥に潜む目を細めた。
最後の言葉は嘘だと何となくそう感じる。

誰に言われずとも早乙女は静かに判断した。

何故なら彼女は平等主義者だから。
人間を、平等にしか見ていない。
彼女に特別な感情を抱いている空色の人外も、赤い幼馴染も、混沌を凝縮したような不気味な少年も、彼女にとっては其処等辺の鉛筆や紙と大差無い。
―――彼女の中で、きっかけとも言える何かが訪れたら、その価値観は変わるのだろうが自分はそのきっかけの切片にもなりはしないだろう。


「ていうか愛と夢を天秤に掛け、どちらかを選べ、か。
それは、あまりにも不平等だね。
有名所を挙げるなら『私と仕事、どちらが大切なの!?』だ。
まずこの二つは種類が違うし、天秤に掛けるなら蜜柑と葡萄等、・・・この場合だったら同じ果物の種類だね、こんな風にしないと回答者にとって不誠実極まりないよ」
「・・・・・・」
「恋愛禁止というルールは君の過去の出来事からもう自分と同じ思いをして欲しくないという、君なりの配慮なんだろうけど結局のところ僕に言わせてみればそれは、君のエゴでしかない」
「な、」
「確かに君の過去は悲劇だよ。でもそれだけだ。
今もこの世界にありふれる悲劇の一つで、どれだけ悲しい事だろうと、どれだけ哀しい事だろうと起こってしまえば全ては過ぎ去った過去、受け入れざるを得ない現実。
そんな過去であり現実は君だけのモノ。
だけど全員がソレを体験するわけでもない」
「安心院、お前は」
「僕は君の心を読むなんて事はしないけど―――それが君の悲劇である以上、外野がとやかく言えるものじゃない。
精々忠告と助言程度で、それ以上はただのお節介だ」
「安心院!!」
「・・・君がどれ程切望し、渇望しようとも、永遠不変に変えてはいけない出来事。
つまり―――此処まで言えば僕の言いたい事は分かるだろう?」
「・・・」

早乙女は答えない。応えない。
つゆりのいっそ不気味な程の笑顔をただただ静かに見つめるだけだった。



  △▼△



「人間って本当不思議で不可思議な生き物だよね」

「自分と同じ想いをしてほしくないというその一心で心を砕いても、結局は逆効果になる事の方が多いんだから」

「要は障害が大きいほど燃えるって事かな?」

「傍から見ている僕にとっては、ちゃんちゃら可笑しい茶番劇のようだったぜ」

「まー早乙女君にとっては"自分"というラスボスをクリアして、本当の愛であると示せ、という意図があったかもしれないけど」

「僕から言わせれば"愛"に本物も偽物も無く、すべからく平等に無価値だと思うんだが」

「君はどう思う―――半纏?」

  規格外と人外の刹那の邂逅

当サイトにおいて一番安心院さんらしさがでているのではないかと思う作品。
一周年企画を書いててふと浮かんだネタだったので書いてみました。
ボツにするには勿体無かったし。
utpr世界では誰も太刀打ち出来ない相手ですが安心院さん位でないとこういう会話は成立しないだろうなー。

20130821