虹色理想郷 | ナノ

!目高原作19巻沿い
!半纏→主人公



「やあ半纏」
「・・・」

つゆりはいつも背後霊の如く己の後ろにいる"彼"―――文字通りの影とも言うべき人物に声をかける。
だが"彼"、もとい不知火半纏は返さない。動かない。反応しない。

つゆりは何もその事について触れなかった。
何故なら"それ"は影として、影武者として普通の事だったからだ。

「もう分かってると思うけど敢えて言うよ。
今度こそ死んじゃった」
「・・・」
「だけど僕は君に『悲しいか』とか『寂しいか』とか、そんな事は聞かない。
僕達は悪平等ノットイコール―――生も死も、全て平等で且つ、無価値なモノだからね」
「・・・」
「君曰く、僕は生存能力が高かったらしいけど―――そんな僕にも死は平等に訪れるらしい。
全くしてやられたぜ、流石君から派生した一族なだけはある」
「・・・」
「・・・ねえ、半纏」
「・・・」
「何か話せよ」
「・・・」

無言。無音。無声。

その反応の無さにつゆりは静かに嘆息したが、それでも半纏は微動だにしなかった。

「まあ良いや。
独り言として、戯言として聞き流してくれ。
・・・僕は本当、何で生まれてきたのかな。
めだかちゃんの気持ち、僕には凄く分かるんだ。
生きる理由、生まれてきた理由・・・何千、何兆年と生きてきたけどまだ分からない。
ねえ半纏。君なら分かるかい?」
「・・・」
「・・・まただんまりかよ。
全く・・・そーいや君の声、いつから聞いていないだろうね。
下手すると忘れちゃいそうだよ」
「・・・」

依然、沈黙を貫く半纏につゆりは此処で初めて泣きそうな表情を浮かべた。
だけどその事に彼女は気付かない。

「あーあ・・・僕は一体何言ってるんだか。
多分疲れてるんだろうね・・・悪いけど一足先に休ませて貰うよ。
もうずっと長い間活動していたんだし休んでも良いよね。
尻拭いみたいな事をさせちゃうけど・・・"後"の事、"彼等"の事―――頼んだよ」
「・・・」
「・・・」

つゆりはその言葉を最後に、またいつもと同じように半纏に背を向け、何も無い空間に座り込んで瞼を徐に閉じた。



・・・瞼が凄く重い。視界もボヤけてきたし・・・。
何でかな人外なんだから睡眠も然程必要ない筈なのに・・・凄く、眠い。



そう思ったのを最後に、つゆりの意識は徐々に沈んでいく。
だが。



・・・あれ、半纏?
君、いつの間に僕と面向かって立ってるのさ。
さっき僕が言っても振り向いてくれなかったくせに。
・・・・・・もう目を開けていられないところを見るとそろそろ時間かな・・・。
最後に、否、最期に見たのが君の綺麗な空色で良かった。
これで安心して眠れる。
安心院あんしんいんさんだけに、ね。



  △▼△



「・・・つゆり、」

つゆりの意識が途切れたのと同時に響いた一つの声と名前。
"彼"、不知火半纏は徐に彼女をその空色の瞳に映すと同時に、その彼女の痩躯を優しく抱きしめた。

「つゆり、お前は気付いていなかっただろうが・・・ずっと前からお前の心は悲鳴をあげていたんだ」

だから、とても衰弱していた。
だから、とても疲弊していた。
だから今、心身共に限界が来た。

「俺は影だ。
つゆりの行動を賢愚問わず妨げない、が―――やはり止めるべきだった」


有り得ないなんて有り得ない。
つゆりが死ぬと思わなかったし、故人となった彼女と再びこんな場所で会えるとも思わなかった。

・・・俺と彼女は人外だ、だからこそこの精神世界とも呼べるような場所で彼女とコンタクトを取れた。
だがこの精神世界もいつ途切れてしまうか分からない。


「ずっと思考し、行動をしていたんだ・・・いつ限界が来ても可笑しくはなかった。
だから疲れるのも当たり前だ・・・兎に角、今は休んでいろ」

自身の腕の中にいる少女の閉じられた瞼に軽く口付ける。

柔らかい、温かい。
だけど少し冷たい気がするのは気の所為ではない。

そう思いつつ、半纏は何故か脳裏につゆりとの邂逅が蘇った。



「・・・へぇ、僕以外にまだ人外がいたとは驚きだな。
君、名前は何て言うんだい?」



・・・人間が聞いたら遠い昔。
だけど自分達からすれば最近の出来事。
色褪せる事の無い彼女との邂逅は今も尚鮮やかに思い出せる。

「つゆり。
俺はお前の事が、ずっと、」


彼女の事が、つゆりの事が誰よりも何よりも愛しかった。
ずっと、傍にいたかった。


「・・・・・・ずっと此処にいようものならつゆりに怒られるな・・・」


それは嫌だ。
彼女は笑いながら怒るから。
それでも彼女の事は嫌いになれない。
否、ならないけど。


「・・・つゆり。
出来るならお前が自分で起きるまで寝かせておきたいが、俺はお前の声が聞きたい。
だから・・・」


自分の身勝手さは分かっている。
彼女はきっと無理矢理起こされたと分かったらもっと寝かせろと言うだろう。
そんな事簡単に想像出来るけど、それはやはり想像で現実ではない。


「どんな手を使ってでも、必ず生き返らせるから・・・それまで休んでろつゆり」


全知全能の君。
森羅万象を司る、世界で類稀なる存在。

「・・・つゆり」

俺の幸せはつゆりの幸せなんだ。
なあつゆり、お前は幸せに死ぬ事が出来たか?


半纏はそう心中で問いながら、彼女の額に先程と同じように口付ける。



・・・今から反転院さんになってくる。
だから俺がまた此処に戻ってくるまで待ってろ、この自殺志願者。
俺の「死ぬな」という些細な頼みすら聞いてくれなかったお前に拒否権は無い。
もっと寝かせろと怒っても知らないし聞かない、絶対に生き返らせてやるから覚悟しろ。


そして彼は精神世界から現実世界へと意識を浮上させたのだった。

  この世でたった二人だけの、悪平等ノットイコール

『虹色』外伝(?)です。
安心院さんがあんな事になり、そして半纏さんの顔が出た事に発狂しそうになった私。
そしてそのままの勢いで思うがままに書いてみた。
いずれはオリジナルで彼と主人公の邂逅シーンを書いてみたいけど・・・どうしようかな。

主人公のお相手はもう半纏さんでも良いような気がしてきた。
うちの半纏さんの主人公に対する感情は恋というよりは愛だと思うんだ。

20130224