恋に恋して | ナノ

入学してから早半月。
時間とは早いものだなぁ、と散葉がしみじみとそう感じつつ、手元の本に目を落とす。
内容は手作りお菓子のレシピだ。

昨日の夜、妹の九瑠璃と舞流から又もや兄が静雄にいらない喧嘩を吹っ掛けたという情報を得た為、お詫びも兼ねてお菓子を差し入れようと急遽決定した案件である。

(・・・イザ兄も懲りないなぁ・・・。
もう諦めて静雄さんから手を引けば良いのに・・・)

散葉はそう思いつつも、臨也は決してそんな事をしないだろうと分かっていた。
最早兄の中では引くに引けない所まで来ているのだろう、女の自分には分からないのだが男はそういうものだと、勝手に結論付けた。
深く考えるだけ時間の無駄だ、特にあの馬鹿兄に関しては。


(えーと前回はアップルパイだったから、・・・今回は何にしよう・・・あ、タルトも良いなぁ・・・)

悶々と考えていると、ふと視界を過ぎったのは金色だった。


「・・・・・・」

金色というと、否が応にも思い出す後ろの席に座る男の姿。
夕焼け色の双眸を本から外し、周りを見渡すとやはり想像通りの男が其処に居て。


しかも何やら意味深な表情を浮かべているような気がするのは気の所為ではない筈だ。

(・・・何で此処にいるのさ・・・)

散葉は何かしらの縁でもあるのだろうかと胡乱気な表情を浮かべる。
あの男とお近付きになりたい女子など文字通り掃いて捨てる程居るだろうから代わって貰いたいのだが。

「・・・・・・」

散葉は数瞬考えた後、深く溜息を吐くと徐に立ち上がったのだった。



  ♂♀



「浮かない顔だね、黄瀬君」
「・・・折原サン?」
「お疲れ様、と言うべきかな」
「・・・・・・何で、」
「いつぞやに言われた事をそっくりそのまま返すよ。
・・・顔に出てるもの」
「・・・・・・・・・・・・そっスか」

散葉はいつも教室で浮かべている笑顔ではなく何処か疲れたような雰囲気を醸し出している今の黄瀬の方がより"らしさ"を感じた。
いつも浮かべている笑顔は言っちゃ悪いが何となく兄と同種の様な気がするのだ。
だが今の黄瀬は本来の彼を出しているように思えた。

他の女子は知らないし興味も無いが、ぶっちゃけると散葉は此方の方が断然良いと思う。

「まぁ疲れるのも当たり前か。
学業にモデル、そして部活だっけ。
上手くやろうと思っても、疲労は蓄積されるものだから当然と言えば当然だし」
「・・・情けないとか思わないんスか?」
「別に?
私は君の取り巻きじゃないし、黄瀬君はこういう風にあるべき!とかそんな願望・・・悪く言えば妄想?を抱いてる訳でも無いし」

グサリ、と黄瀬の心に何かが突き刺さる。
彼女に何かを期待していた訳ではなかった。無かったのだが・・・。

黄瀬が軽くダメージを受けているのを他所に散葉はただ淡々と思った事を口にする。
この時、黄瀬の方を向いていなかった所為で散葉は黄瀬の変化を見逃してしまう羽目になった。

「カメラの前では君は一介のモデルなんだろうけど、生憎此処にあるのはカメラじゃなくて私だけで、場所なんて高校だよ?
今の君は普通の高校生で、青春真っ盛りのお年頃ってヤツだし」


散葉の言葉に思わず黄瀬の琥珀色の双眸が瞠る。
こんな事を言われるとは思わなかった。
彼女は自分の事を嫌っていると思っていたから、余計に。

「・・・っ」

黄瀬が思わず言葉を発しようとした瞬間、タイミング悪く散葉の携帯が着信を知らせるメロディによって一度開きかけた口を再び閉口したのだった。

  黄瀬涼太の憂鬱

黄瀬君の憂鬱は学業と仕事、そして部活をこなす事に疲労したからという理由。
全く(?)興味ない主人公ですが、目の前で物憂げな表情していたらやっぱり気になった、という裏設定。

20121120