失敗した。
何故この可能性を考えなかったのか。
思考の回転を緩めてしまったこの頭を散葉は思わずかち割りたくなった。
気付いたのはゴール直前だった。
何となく首元に違和感を感じて、手に触れた時に理解した。
幽に貰ったリングとシルバーのチェーンの感覚が無いという事に。
その事実に思い至るとすぐに散葉はペアの男子の制止を振り切って、道順を逆に辿りながら探していたのだが中々見付からない。
「・・・どうしよう・・・」
結構時間が経っているがそんな事は言ってられない。
何故ならあの幽がわざわざ自分に贈ってくれたのだ、何としてでも見付けたい。
自分にプレゼントしてくれるなんて事、家族以外ではあまり無かったから。
「スタートする時には確かにあったからその途中にあると思ったんだけど・・・」
何処で落としたか全く分からない。
その事実に散葉は不安で押し潰されそうだった。
じわじわと涙がこみ上げてくるも必死に押し殺す。
泣いている暇があるのなら早く目と手を動かせ。
「っ泣くな私・・・!」
そう散葉が意気込んだ次の瞬間に響いたのは、草をかき分ける音と一人の男の声。
「や、っと見付けた・・・!」
「わぁあああ!?」
「!?」
突如聞こえた声に散葉は思わず悲鳴をあげる。
自分以外の人間がいるとは思っていなかった為、不審者かと半ば本気で思った散葉に冷静さは殆ど無いに近い。
だからなのか、力無くへたりと地面に座り込み黄瀬を見上げた状態で散葉は固まっていた。
「き、黄瀬君・・・?」
「はっ、折、原サ・・・ン・・・」
地面に座り込んでいる散葉と膝に手を当て、荒い息を繰り返す黄瀬。
二人の視線が交差した、その瞬間。
「・・・・・・っアンタ何考えてんスか!?」
「へ?」
「女子がこんなトコで一人ふらふら歩いてるなんてどれだけ危機感無いんスか!
自分の容姿とか自覚してないんスか、ったく・・・」
「・・・えーと」
「・・・心配、したっス・・・」
ぽかん、と間の抜けた散葉の表情を見て黄瀬は一つ確信した。
折原散葉は自分に無頓着な人間なのではないか。
だからさっき自分が言ったような無鉄砲な行動をとるし、今みたいな呆気にとられた表情をする。
・・・よく周りが注意しなかったな、と思う。
「・・・・・・心配?」
「・・・そーっスよ。悪い?」
「悪いというか・・・私、君とそんなに仲良くないし・・・だから正直何で心配するのかなって」
「っはぁ!?」
「!?」
黄瀬は殆ど悲鳴に近い声をあげた。
・・・本気で言ってるのだろうか。
否、この女子は本気だ。
此方はカップケーキを貰い、テスト勉強を見て貰ったりとそれなりに交友関係はあったと思うのだがまさかの赤の他人発言とは。
流石にショックが大きいらしい、自分の左胸がズシッと重く感じたのは気の所為ではあるまい。
「ちょ、アンタそれ無いわ・・・」
「は?」
「オレを此処まで振り回せる女子って多分折原サン位っスかね・・・」
「私がいつ君を振り回したのさ。
・・・そういえば黄瀬君、大丈夫なの?」
「何の事っスか?」
散葉の突拍子のない言葉に今度は黄瀬が首を傾げた。
・・・大丈夫とは、一体何の話だろうか。
「あ、れ?違った?
ペアの相手が誰か分かった時、何か黄瀬君の笑顔が違ってたからてっきり調子が悪いと思ってたんだけど」
「!」
「あ、黄瀬君は何番の籤を引いたの?」
「・・・十二番、っスよ」
―――あの時、彼女のペアが自分ではなかった事に何故か酷く胸がざわついた。
だけどその事に彼女は一切動揺しなかった。
ただあっけらかんとその事実を受け止めていた。
オレは必死に平常心を保とうと、無理矢理笑っていたのに。
作り笑いは仕事で慣れていたし、友達も指摘してこなかったのに彼女はそれを簡単に気付いたという。
・・・それがこんなにも嬉しいなんて。
黄瀬は其処まで考えて漸く一つの事実に思い至った。
本当に漸くだ。
自分はこっち方面は鋭いと思っていたのに―――。
「勘違いなら別に良いの。
ゴメンね黄瀬君、変な事を言っちゃって」
「っ変な事なんて言ってないっスよ!寧ろ、」
「寧ろ?」
「・・・、何も無いっス」
「其処まで言っておいて?」
「良いじゃないっスか別に!
それよりも何でこんな所にいるんスか?」
「・・・・・・」
黄瀬の問いかけに散葉は数瞬沈黙するも、次の瞬間はっと夕焼け色の双眸を瞠らせた。
「そうだった!
黄瀬君、チェーンに通ったシルバーリング落ちてなかった!?」
「へ、シルバーリング・・・?」
「大事な物なの!
さっき通った道の何処かに落ちてるんだと思うんだけど・・・見付からなくて」
今にも泣きそうな表情だった。
初めて見る表情に黄瀬は一瞬動揺する。
そんな表情もあるのか。
「・・・シルバーリング・・・あ、」
そういえば。
確か此処に着く少し前に見かけたような。
黄瀬はその事に思い至ると未だに地面に座り込んでいる散葉を立たせて移動したのだった。
♂♀
「コレじゃないっスか?」
「それだ!」
きらり、と光るリングに散葉は安堵も相俟って涙目になった。
夕焼け色の双眸に涙が薄らと浮かび上がるのを黄瀬は見逃さず、悪い事なんてしていないのに狼狽えた。
「ちょ、何で泣くんスか!」
「そんなの、泣く程嬉しいからに決まってるだろ!」
安心した所為か口調も変わってしまったがぶっちゃけ今はそんな事はどうでも良い。
リングの冷たさと感触に散葉は無意識の内に強張っていた肩を下ろす。
自分でも気付かなかったが、此処まで大事な物だとは思わなかった。
「りが・・・」
「え?」
「有難う、黄瀬君」
「!」
溢れる涙を拭い取りながら、心から微笑を浮かべた散葉に嘗て無い程胸が高鳴る。
屋上で笑った時も可愛かったけど今のは破壊力が桁違いに凄まじい。
どうしよう。
今まで恋人がいない訳ではなかった、でも今回は違う。
分かった、何故彼女の笑顔を直視出来ないのか。
自覚してしまった、自分が彼女に向けるこの気持ちの名前が。
彼女の言葉が蘇る。
あれはそういう意味だったのだろう。
「それでも、オレは折原サンとアンタを同じ接し方は出来ない」
「でしょうね。
貴方が抱く感情の名前が違うから当然と言えば当然ですけど」
「・・・そりゃそーっスよ」
「・・・・・・・・・その様子だとまだ気付いていないんですね」
多分彼女は気付いていたのだ。
自分では気付いていなかったのに、その事実が酷く恨めしい。
「・・・どう致しまして、散葉っち!」
まぁ、だからといってオレのやる事は決まっているんスけどね。
覚悟しといてよ、折原サン?
自覚した恋心
ははは、いつもよりも数段長くなりました。
多分全連載・シリーズを見ても一番なのではないだろうか・・・。
はてさて漸く黄瀬君が自覚し、これにて2章は終了。
次は3章ですが読んで下さる方が予想出来ない展開に持ち込みたい←何
20130209