恋に恋して | ナノ

「なー黄瀬はもう籤を引いたんだろ?
何番だった?」


自分に軽い口調で話しかけてきたのはクラスでも比較的仲の良い男子だった。
掌には例の白い紙―――つまり話の中心である籤が。


「オレは十二番っスよ」
「あ、残念俺と違うんだな。
出来たら可愛い女の子がペアだったら良いけど確率低いしもう一つの可能性もあるし微妙だな・・・」
「?何の話っスか?」
「は?
何でってそりゃ、今このクラスのほぼ全員・・・つーか学校全体がお前のファンだからに決まってんじゃん。
そいつらが俺とペアになった所で、100%文句言われるのは簡単に想像出来るっつーの!」


彼の台詞には黄瀬に対する嫌味等の負の感情は無いものの、しかし確実に女子の方には軽く腹立たしさを感じられるものが見え隠れしていて。
モデルという自分ではなく一人の人間として見てくれる彼のこういう所には黄瀬は大きく感謝していたが話の内容を聞いているとやはり申し訳なさがじわじわと出てくるのは仕方のない事だった。


「ご、ごめ・・・」
「良いってお前の所為じゃねーし。
それに少人数だけどお前に興味無いって女子もいるしな」
「・・・え?」


彼のその言葉に黄瀬は一瞬、虚を突かれたような声を出す。
その反応に怪訝な表情を彼が浮かべた瞬間、彼でもない黄瀬でもない別の存在が二人の会話に割り込んできた。


「お前ら何の話してんの?」
「つーかお前らもう籤引いたー?」
「俺狙ってた娘がいたのにコイツと同じ番号引いちゃってもうやる気ねーよ。
あー誰か替わってくれねーかな」
「おいそれはどういう意味だ」
「いっ、いきなり何スか・・・」


後ろを振り返ると同じクラスの男子数名の姿が。
掌を見るとやはり自分達と同じく例の籤引きの用紙。


たかだか籤引き一つで一喜一憂する様は若者ならではだろう。


「え、お前狙ってる娘なんていたの?」
「当たり前だろ!
見た目凄い可愛いのに全然気取ってないし優しいしそれに黄瀬に眼中無しな女子がいたらそりゃ狙うって!」
「俺もペアが女子ならそういう娘が良かったな。
まぁクラスだけじゃなくて一年全クラスの女子ほぼ全員が黄瀬を狙ってるんだし、どうせならミーハーじゃない女子の方が良いっていうのは皆思うのは当然だろうけど」


うんうん、と激しく同意している彼らに黄瀬は居心地悪そうに目を逸らす。


(こ、心が痛い・・・!)


無意識に心臓に手を抑えてしまうのは仕方が無いだろう。
思春期は何かと繊細なんで、止めを刺さないで下さい・・・!


(く、黒子っち並に毒舌がキツイ・・・!)
「あーでも誰がペアなんだろーなー・・・」
「お前の目当ての女子ってもしかしてさ、」


心が折れかかっている黄瀬をスルーし、彼らはさくさくと話を進める。

そんな彼らに黄瀬は一瞬、冷めた考えが内心で過ぎった。
彼らが誰とペアになりたいか、誰が気になっている等別にどうでも良い。
自分には関係ない、そう思った。


―――だが。


「そりゃあ折原さんに決まってるじゃん!
さっきも言ったけど可愛いし優しいし!
何より他の女子と比べて落ち着いてるっていうか大人っていうかさ!
この前の家庭科実習では折原さん、すっごい手際良く料理してたって聞いたし!」
「あー折原か」
「やっぱりな」
「確か頭も凄い良いんだろ?
学年で一桁だったらしいし」
「マジで!?」


「・・・・・・・・・っ!」


ひゅうっと息が止まりそうな感覚をこの時黄瀬は感じた。


今、彼は何て言った?
「折原」とはまさか自分の前の席の「折原散葉」の事だろうか?


黄瀬はそう聞きたくても声が出なかった。
ぐるぐると回転が普段よりも早く回り、心臓が嫌に激しく動いているのが分かる。



・・・折原という姓なんて沢山あるし、自分が知らないだけで他のクラスに居るかもしれない。

そう思っても黄瀬は何故かこの時直感した。
彼らの言う「折原」という女子は自分の思っている「折原散葉」で間違いないだろうと。
何故なら。
彼らの言う「折原」という人物について語ったその内容と「折原散葉」が完全に一致しているのだから。


「見た目凄い可愛いのに全然気取ってないし優しいしそれに黄瀬に眼中無しな女子がいたらそりゃ狙うって!」

「何より他の女子と比べて落ち着いてるっていうか大人っていうかさ!
この前の家庭科実習では折原さん、すっごい手際良く料理してたって聞いたし!」

「確か頭も凄い良いんだろ?
学年で一桁だったらしいし」



確かに彼女は美人だと初めて見た時そう思った。
化粧はあまりしていないし自分と会話をしていても気取った所なんて一切無かった。
自分に媚びる、なんて事も無く寧ろ普通に接してくれていた。

中学時代も含めて他の女子と比べると、彼女は落ち着いているし大人びていたし。
それに自分は屋上で二人きりになった時、家庭科実習で作った彼女のカップケーキを頼み込んで食べさせて貰ったが確かに美味しかったのを覚えてる。

そして、数日前のテストも彼女の指導の甲斐があって前回よりも手応えがあった。
それは偏に彼女の勉強の教え方が上手だったのが最大の理由だろう。



(・・・あれ?)


そういえば、どうして彼女が良いと思ったんだろう。
確かに彼女でなくても良かった筈だ。


例えばカップケーキの件。
両腕には大量のカップケーキがあったのに、それよりも彼女のが欲しくなった。
あの時はあまり意識なんてしてなくて、全然気付かなかったけれど。
どうしようもなく、欲しくなった。


「・・・折原サン、そのカップケーキ貰えないっスか?」
「・・・・・・は?」
「だって美味しそうっス」
「・・・君、それだけ貰っているのにまだ欲しいの?」
「折原サンのが欲しいんスよ」
「・・・・・・・・・・・・」


あの時怪訝な表情を浮かべた彼女。
確かに、今なら彼女がそんな表情を浮かべた気持ちが分かる。

そして臨時講師を頼んだ時もだ。
誰かに教えて貰え、とセンパイに言われた瞬間に浮かんだのはやっぱり彼女で。


「・・・黄瀬君、事情は分かったけど何で私なの?」
「折原サンが一番適任だと思ったからっスよ!」
「私より成績優秀で君に興味の無い人なんて探せばいるって」
「それ裏を返せば探さないといないって事だろ」


他の"誰か"ではなく何故彼女、折原散葉が良かったのだろうか。
その事に改めて首を傾げ、思考の海に沈もうとしたその刹那。




「―――ねぇ、ちょっと聞きたいんだけどこの中に十六番の籤を持った人っているかな?」


聞き慣れた声に黄瀬はびくり、と大きく身を震わせたのだが声をかけた人物―――折原散葉はその事に気付かなかった。

  シュガーボーイズトーク

いつか書きたいと思っていた話です。
黄瀬君と他の男子数名とのボーイズトークを!
思春期ならこういう話もするんじゃないかな、と思って書いてみました。
utprでこういう話は本編では書けないし、あ、でも『花片』Aならまだ書けるかな。

話を戻して、漸く黄瀬君が自覚しそうです(笑

20120108