恋に恋して | ナノ

黄瀬の臨時講師を不本意ながらに請け負ってから一週間。
時間が経つというのは早いもので、今日は実力テストだった。

つまり、散葉にとっては黄瀬のテストの結果次第で自分の教え方が良かったのか否かが問われる日でもあった。



(人に教えるなんて九瑠璃と舞流以外でした事が無かったから、あんな教え方で良かったのかな・・・?
私が教わる側としてならイザ兄だけだったし・・・)


まさか(自分にとって)あまり親しく無い筈のクラスメイトに、しかも男子に勉強を教える事になるなんて思いもしなかった。


(・・・何せ中学校生活において色々経験が出来ないまま高校生になっちゃったからなぁ・・・)


例えば友達と遊びに行ったり、部活で青春を謳歌したり。
例えばくだらない話で盛り上がったり、誰かと恋愛したり。


兄の所為、とは言いたくないけれどクラスメイトとはあまり深く付き合わず、代わりに兄の仕事の手伝いをする内に所謂、裏の人達と接する事が多くなった。
それと比例するように地元で兄の噂が広がっていつの間にか孤立していた。


一介の高校生には決して無い特技。
こんな特技、欲しくなかったとは言わない。
もしも、の話をしても仕方の無い事だと分かってる。
過ぎてしまった事は仕方無い。
だから私は地元から遠く離れたこの学校に通うと決めたのだ、だから。
これから先は誰でもない、自分の行動で決まる。



「はい、時間です。
後ろの席の人は順に後ろから回収して下さい」



見張りの先生の一言により、静かだった教室が一気にざわめく。
今までの思考を中断し、回収されるテスト用紙を静かに見つめていた散葉だったがそういえば、と徐に背後に視線を向けた。


「・・・黄瀬君、どうだ、った・・・、・・・・・・大丈夫?」


散葉が思わず慮った台詞が出る程、黄瀬は暗い影を背負いつつ机に突っ伏していた。


日の光を思わせる金髪なのに一発で分かる程暗い影を背負ってるなんてどれ位落ち込んでいるんだろうか。


「・・・多分、大丈夫っス・・・」
(全然!全く!大丈夫に見えないだけど!?)
「記号問題は緑間っち特製のコロコロ鉛筆で凌いだし他の問題は折原サンのおかげで大体解けたんスけど・・・」
「(コロコロ鉛筆って何だ、緑間っちって誰だ!)・・・・・・・・・・・・けど?」
「時間内に終えられなかった科目が二つ位あって・・・」


あはは、と渇いた笑いに散葉は一瞬呆気にとられた。


黄瀬の謎の単語なんて今はどうでも良い。
それは後で聞くとして・・・。


・・・何だって?


「・・・えーと・・・」
「折原サ、」


黄瀬が散葉を呼んだその瞬間。
姦しい女子の声が散葉と黄瀬の耳を震わせた。


「黄瀬くーん!!」
「黄瀬君、今日一緒にお弁当食べない!?」
「あ、あたしもっ!!」
『・・・・・・・・・・・・』


沢山の女子の声をBGMに散葉はゆっくりと時計を見る。


・・・嗚呼、そっかもうお昼か。
寧ろよく今まで彼と話が出来たな、彼女等ならテスト回収後すぐに来そうなのに。


等と散葉は内心でそう思考しつつ、徐に席を立つ準備に取り掛かる。


「え、折原サン!?」
「・・・え?
ああ話の途中だけどゴメンね黄瀬君。
私、騒がしいのは苦手なんだ。
だからまた今度ね!」


午後のテスト科目とお弁当を持って散葉は素早く移動する。
理由は勿論、現在進行形で自分達の席―――詳しく言うのなら黄瀬の傍に突撃しようとする女子生徒から逃げる為。


黄瀬の悲痛な声を敢えて黙殺し、散葉は中庭かもしくは校舎裏に移動しようと足を進めるのだった。

  臨時講師の成果

第2章は多分もう少しかかるかと。
あまりテンポ速すぎてもあれかな、と思ったので。

20130103