恋に恋して | ナノ

「数学は大分解けるようになってきたね、これなら大丈夫かな・・・。
えーと後社会と理科はー・・・」


自作のテスト問題を散葉は難しい顔をしながら見つめる。
そんな彼女を黄瀬は気にしていないふりをしながら横目で様子を窺っていた。
理由はこの間から不定期に起こる心臓の高鳴りだ。
しかもそれは決まって目の前の人物、折原散葉が笑ったときに起こる。


(・・・一体何なんスかね?)


彼女が見せる表情はいつも呆れた表情とか引き攣った表情が多く、自分の周りにいる所謂取り巻きと呼ばれる女子が見せるような表情は一切見せない。
そういった態度が自分にとって思いの外新鮮だった。


「・・・君、・・・黄瀬君?聞いてる?」
「・・・へ!?」
「・・・その様子だと聞いてなかったんだね」
「す、スマッセン・・・」


黄瀬がしゅんと項垂れている様子を見て散葉は彼の頭部に垂れ下がった犬耳が視界に入る。


(・・・前にもこんな事があったけど心なしか前よりもはっきり見える・・・。
あれ、幻覚って進行するものだったっけ?)
「折原サン?どうかしたっスか?」
「否何でもない」
「?」
「・・・それより、そろそろ一時間半は経つし此処等辺で休憩にしよっか」
「マジっスか!」


時計を見れば結構な時間が過ぎている。
彼の集中力もそろそろ切れてきた頃だし丁度良いだろう。


「折原サン、赤司っちと違って優しいっスねー!」
「・・・赤司っち?」
「赤司っちもオレや青峰っちの勉強を見てくれた時があったんスけどその時のスパルタっぷりが半端なかったんス!」
「・・・青峰っち?」
「だからその時と今を比べるとやっぱ今の方がずっと精神的に楽で良いっスよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


言いたい事を弾丸の様に言う黄瀬に対して散葉は全く知らない名前が次から次へと出てきた為、会話を放棄する事にした。


誰だ赤司っちって。青峰っちって。
ていうか『〜っち』って何だ。


(・・・・・・・・・・・・あれ、『赤司』に『青峰』?)



確か。
確かその名前を去年か二年前に聞いた事があったような。


(・・・だけど、それは一体何処で・・・?)


散葉が無意識の内に首を傾げたのを見て黄瀬は漸く散葉の様子に気付いた。


「あっ赤司っちは中学時代の部活のキャプテンで青峰っちはオレがバスケを始めようと思ったきっかけを作ってくれた人っス!」
「・・・・・・え?」
「二人ともオレと同じ『キセキの世代』のメンバーで、その二人だけじゃなくて皆すっげー個性が強いんス!」
「・・・・・・・・・・・・個性が?」


散葉が反応したのは最後の単語だった事に黄瀬は僅かに目を丸くした。


・・・え、其処?


「そ、そうっスよ?」
「へー・・・黄瀬君、その『キセキ』?の人達の事が好きなんだね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「だって黄瀬君の今の表情、凄く生き生きしているよ」


夕焼け色の双眸を僅かに細めて口角を上げる散葉の姿に黄瀬は今度こそ言葉を失った。


ふにゃり、と笑う彼女の言葉に、その表情に。


「良いなぁそういうの。
そんな表情で話せるなんて、凄く羨ましい」


―――私は、そんな風に中学校生活を話せないから本当に羨ましい。


散葉の言葉に隠された心の声に黄瀬は気付かない。
代わりに、散葉の今の表情が何処か寂しそうで泣きそうなモノだったという事に黄瀬は気付いた。
だが当の彼女はその事に気付かなかった。


―――そして、そんな彼女の表情に黄瀬が魅せられた事にも散葉が気付く事は無く。

  それぞれの青春時代

主人公、『キセキ』メンバーについては全くの無知っぽい?
それにしても黄瀬はいつになったら自覚してくれるのか・・・。

20121220