恋に恋して | ナノ

結局ゴリ押しされた散葉の表情に黄瀬は流石に申し訳無いという思いがじわじわと出てきた。
容姿端麗の彼女だが、今の表情だと台無しである。


後で聞いた話だが彼女の前回のテスト順位は学年で一桁だったらしい。
頭が良いと思っていたがまさか此処までとは思わなかった。

内心で尊敬の念を抱いた黄瀬など知る由も無く、散葉は半ば自暴自棄の気分で教科書を見ていた。

―――因みに散葉が成績優秀なのは単に中学時代、兄・臨也と成績を比べる教師がいた事と、その兄に負けるのが許せなかった、という二つの理由である。
そのおかげで高校受験の時も楽で良かったのだが、散葉は理由が理由なだけに釈然としなかったのは言うまでも無い。


「・・・じゃあとりあえず数学かな。
国語英語は読んで雰囲気を掴んで只管暗記すれば良いし・・・社会、理科は・・・とりあえず保留しておこうか」
「・・・暗記っスか」
「勉強なんて日々の積み重ねが大事なんだよ。
・・・ほら無駄口叩いてないでさっさとやる!」
「・・・・・・・・・はいっス」


散葉の一声により黄瀬はやる気の欠片も無いような声を出しつつ、テキストに取り掛かったのだった。



  ♂♀



「・・・・・・黄瀬君、一つ聞いても良い?」
「・・・・・・な、何っスか?」
「君は一体授業中何を聞いて・・・否、やっぱり良いや」
「其処まで言っといて!?」
「私とした事が愚問だった」


散葉のにべも無い言葉に流石の黄瀬も顔を引き攣らせる。
ついでに言えば二人に気付かれないように後ろで聞き耳を立てている笠松達も散葉の様子に目を丸くしていた。



「・・・黄瀬にあんな態度をとる女子って珍しいな」
「やっぱりあの娘はオレの運命の・・・!」
「黙れ森山」


行動が制限されている為笠松の突っ込みもいつもより大分ダメージが少ない。
森山は叩かれた頭を手で擦りつつ、再度黄瀬を見る。


其処には呆れた表情で黄瀬を見る散葉と項垂れる黄瀬の姿があった。


黄瀬は金髪といった派手な容姿と明るいムードメーカー的な雰囲気も相俟って異性にかなりの人気を誇る。
その為、今年に入ってから練習時間中に女子生徒が来る事が多くなったのだが折原散葉という女子はどうも其処等にいるような、ミーハーな性格ではないらしい。



「・・・学生の本分は学業でしょ、平日は無理でも休日に少しでもやらないと後でツケが回って来るんだよ?」


今回みたいにね、と言外に言う散葉に黄瀬は唇を尖らせた。


「頭では分かってるんスけどねー・・・」
「ま、今時の高校生らしくって別に良いけど。
・・・というより部活とモデル業を兼業している人がそれに加えて勉強も出来るなんて、人間味があまり湧かないしなぁ・・・」


・・・という事は黄瀬君はそっちの方が良いのかもね。


苦笑いを浮かべながら散葉は要重要と思うところに付箋を貼っていく。
そんな彼女の表情に黄瀬は一瞬瞠目する。
次いでドクリ、と心臓が跳ねる音がしたのを自覚した。


(・・・あ、れ?)
「・・・どうかした黄瀬君?」
「否・・・」


あれ、確か前にもこんな事があったような気がする。




『くっ、・・・あははっ嘘だよ、其処まで言うならあげる』



―――そうだ、あの日だ。
カップケーキを貰った、あの時にも似たような事があった。
結局何故顔が赤くなったのか、彼女と目を合わせにくかったのか答えは見つからなかった。
それは今も同じ。
だけど不思議と不快じゃなかった。
寧ろ―――。



「ほら黄瀬君、ボーっとしてないで問題を解いて!
あ、分からない所があったらその場で聞いて。
ずっと睨めっこしていても時間が無駄に過ぎるだけだから。」
「・・・・・・ウーっス」


彼女の夕焼け色の双眸に好奇の目は無い。
ただその事実が嬉しかった。

黄瀬は僅かに口角を上げながら散葉との時間を下校時間まで過ごしたのだった。

  無自覚タラシ少女と鈍感少年

結局引き受けてしまった主人公。
というよりそうでないと話が進まないからね。
そして今気付いた、笠松は女子が大の苦手だった筈。ミスった。

20121208