恋に恋して | ナノ

「風が涼しい・・・」


辿り着いたのは屋上。
散葉が思わず伸びをしたくなる位、青い空に目を細めた瞬間。


「さて、」
「―――へぇ屋上って開いてたんスね、初めて知ったっス」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


何か聞こえた気がする。
幻聴か、うんきっとそうだ。

いやはや幻聴って発達するものなんだなぁ・・・。


「折原サン、この事知ってたんスか?」
「・・・何で君が此処にいるの」


幻聴じゃなかった。

散葉は思わず項垂れそうになるのを必至に堪えた。
自分、よく踏みとどまった。偉い!


「折原サンについて来たんス!」
「・・・」


否、だから何で。


「オレが折原サンと会うのっていつも人が居ない事が多かったんで、思わず・・・」
「あー・・・」


散葉はあまり集団行動をとらない。
行動しても良いかな、と思えるのは精々2〜3人程度だ、それ以上になると収拾がつかなくなりそうで好きじゃない。

散葉が遠い目をあらぬ方向に向けていると、彼女の視界に入ったのはカップケーキの山。



「・・・それ全部食べられるの?」
「え?・・・あー・・・」


散葉の問いに今度は黄瀬が遠い目をする。
それはそうだ、この量を一人で食べるのは幾ら何でも辛いだろう。
しかも彼はモデル業を勤めているのだ、体型維持も欠かせない筈だし。
・・・・・・そういえば幽さんはそういうの何も言わなかったな。
一応カロリーを抑えて作ってたけど幽さんは分かってて言わなかったのか・・・。


「いやー・・・食べたいのは山々なんスけど・・・」
「けど?」
「この前、中に髪の毛が入ってたんで・・・」
「・・・今時本当にそんな事をする人がいるんだ」


散葉は思わず戦慄した。
美形って色んな意味で大変なんだなぁ、と何処か他人事の様に感じた散葉に気付かず黄瀬はその時の事を思い出したのか、背筋をぶるりと震わす。
どうやら彼の中では結構なトラウマとなっているようだ。


「・・・、まぁ全部がそうとは限らないだろうけど・・・」


何か異物が入っている可能性がある以上、食べるのは止めておいた方が良いだろう。
というか、それは最早呪いの類なんじゃ。


「勿体無いっていうのは分かってるんスけどねー・・・そういや折原サンは誰かにあげないんスか?」
「君までそれを聞くの?」


散葉は思わず胡乱気な表情を浮かべる。
本日二度目の台詞だ。
何故皆この手の話題を出したがるのか、散葉にはさっぱり分からなかった。


「あげないよ。
自分で食べようって決めてたし」


因みに味は胡桃、チョコチップだ。
この二つを食べる為にお弁当の中身を減らしてきたのだ、私には別腹という物が存在しないので此処等辺は難儀だと思う。


「・・・折原サンって本っ当にオレに興味が無いんスね」
「?うん無いよ」


何を今更。
いきなり黄瀬君がそんな事を言ったので私も思わず本音で返してしまった。
かなり失礼な発言をかましてしてしまったけどまぁ良いか。
黄瀬君もあまり気にしてなさそうだし。
というより苦笑いしてる。


「私の中では黄瀬君が人気モデルって言われてもピンと来ないんだよね。
だって授業中は居眠りが多いし、小テストで一喜一憂している所なんてしょっちゅう見てるし。
何処からどう見てもただの高校生にしか見えないよ」


あっけらかんと放たれた言葉に黄瀬は瞠目する。
しかし散葉はその変化に気付かず、真っ青な空に目を向けたままで。


「私はカメラに向かって作った表情よりも何かに真剣な表情とか直向きさを感じられる表情の方が好感が持てるかな」
「・・・真剣な、表情・・・」
「だってそっちの方がその人の"らしさ"って言うのかな、一番そういうのが出ていると思うんだ」


初夏を感じさせる丁度良い具合の風が散葉と黄瀬の髪を靡かせる。
散葉は僅かに微笑し、黄瀬は琥珀色の双眸を瞬かせた。



黄瀬は散葉をまじまじと見る。
本当に彼女は等身大の自分を見ているのだ。



「・・・折原サン、そのカップケーキ貰えないっスか?」
「・・・・・・は?」
「だって美味しそうっス」
「・・・君、それだけ貰っているのにまだ欲しいの?」
「折原サンのが欲しいんスよ」
「・・・・・・・・・・・・」


散葉は沈黙した。
前々から思考が読めない男だとは思っていたがまさか此処までとは。
散葉は目の前の男をまるで宇宙人でも見るような目で見る。


「ゴメン全然分からないんだけど」


ていうかこれは私のお昼兼おやつだ!

散葉は思わずそう突っ込みたくなった。
だが目の前の男はニコニコと笑って今か今かと手渡されるのを待っている。

何だろう、いよいよ幻覚も発達してきたのだろうか。
彼の頭部に犬耳が見える・・・。


「・・・・・・・・・美味しくないかも、」
「美味しいに決まってるっスよ!」
「(何を根拠に断言出来るのさ!?)
髪の毛が入ってるかも、」
「自分で食べるって言ったのにそんな事する人っていないと思うっスけど」
「・・・・・・・・・・・・・・・」


ネタが尽きた。
散葉は二の句が継げず、目を閉じる。
次いで眉を顰めたが数秒後諦めたのか脱力した。


「・・・まぁ疲れた時には甘い物を、って言うしね・・・」
「!くれるんスか!?」
「まさか」
「ええー!?」


喜んだと思えば今度は落ち込んで。
コロコロと表情が変わる黄瀬を見て散葉は笑いがこみ上げてくるのを自覚する。


―――同じモデルなのに幽さんとは全然違うんだな。


「くっ、・・・あははっ嘘だよ、其処まで言うならあげる」


夕焼け色の双眸を細め、口角をあげた無防備な笑顔。
自分の前では笑顔とは程遠い表情しか見せなかった散葉が初めて見せた表情に、黄瀬はじわじわと頬が紅潮するのに気付いた。


―――え、うわ、何だコレ。



真っ青な空の下、風に靡く黒髪に無邪気な笑顔。
暖かな光を宿した夕焼け色の双眸。


それら全てに黄瀬は目を奪われ、何も考えられなくなって。
その時に感じた胸の高鳴りの意味に、この時の黄瀬は気付かなかった。

  不意打ちの笑顔

これにて第1章は終了です。
つまり黄瀬が主人公に出会って、そして惹かれる最初の一歩までを書きたかったのです。
幽君も書けて個人的には大満足です(笑

20121125