巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
「ど、どうしたんだ?」
「っ」

はっと、まるで悪夢でも見たかのように元々白い灰音の顔が更に青白く見える。
灰音は無意識に胸元に手を持って行き、襦袢を握り締める。

―――その手が震えている事に気付かないふりをして。


「・・・灰音」
「え?」
「私の、名前。・・・草薙、灰音・・・」
「・・・灰音?」
「・・・・・・・・・何よ」

タオルが肩にかけられ、蒼銀色の長い髪から覗くその表情は何処かむくれているようにも見える。
真斗は漸く自分と同い年に見えるその表情に歓喜する。

「いや、よんだだけだ!」
「・・・何もないなら呼ばないでくれる」


「―――おや、お邪魔でしたか」

がらり、と扉を開けて中に入ってきた先程の男性は、片手に着物を持って相も変わらず笑みを浮かべて二人を見た。

「あ・・・」
「邪魔って何の」

二人の視線を受け、更に意味深に笑みを深くして灰音に着物を差し出す。

「はい、灰音。此方に着替えて下さい」
「・・・あり、がとう」
「いいえ。
・・・そういえば君の名前を聞いていませんでしたね。
ここら辺では見掛けない顔ですし、名前を聞かせても宜しいですか?
―――私の名前は草薙輝石と申します」

ニコニコと人当たりの良い、日溜まりを思わせるような笑顔を浮かべる男性―――輝石に真斗は先程恐怖心を抱いた人物と同一人物とは思えなかった。

草薙輝石と名乗った男性は肩よりも長い黒髪を左側に纏めているが長さが不揃いの為纏めきれなかった髪が頬にかかっている。
髪と同色の黒曜石の双眸はまるで夜空を切り取ったかのようで。

和服に身を包んだ輝石に真斗は、実家でよく着物を着ている為か、少しだけ親近感を覚えつつも自己紹介をした。

「ひ―――真斗、です」

灰音の時もそうだったが、聖川の姓を言うことを真斗は避けた。
折角自分を見てくれる人達に出会ったのに、実家を知られることで敬遠されることを恐れたからだ。
真斗は幼いながらも、そういう独特の空気に気付いていた。
だからこそ、余計に嫌がった。
具体的に何が、ということを分からなくても、本能の部分で彼は知っていた。

「そうですか――真斗君と呼んでも宜しいですか?」
「は、はい」

ふわりと笑う輝石に真斗は途端に落ち着かなくなる。
こんな風に接されることが少なかった、というより輝石の人柄はこのご時勢に珍しいものだ。
だから余計に慣れないのだ。
それは、真斗だけでなく灰音もなのだが。
灰音は似た人物を一人だけ知っていた。

日溜まりの様な、優しい人を。

「・・・・・・・・・」

灰音は眩しいものを見るように目を細めた。

  遅い自己紹介

・・・何と言うかBLっぽい。可笑しいなこんな筈じゃなかったんだが。
何でこうなったかなー・・・?

20120324