巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
終わらない悪夢に終止符が穿つ。

口にするのは簡単だけどそれを現実にするのは困難。

そんな事知っていたはずなのに、




「ああ目が覚めましたか?」
「・・・・・・」


回らない思考を何とか稼働させる。
灰音は自身の寝起きの悪さを自覚している為、一体全体どうなっているのか理解し把握するのは少々時間を要した。


・・・寝起きに真選組を見るのも最悪だけど、一度会っただけの男が何故この病室にいるのか。
まあ真選組の彼らよりはマシと考えるべきか・・・?


灰音は静かに混乱するも和服を着た青年、もとい草薙輝石は微笑を浮かべ彼女の心を読み取ったように答えを口にした。

「何度言っても大人の言う事を聞かなかったので拳骨をしたのですが、まさか気絶するとは思わなくて。
頭は大丈夫ですか?」
「ああ、別に大丈・・・・・・は?」

思わず胡乱げに返してしまったのはご愛嬌という事で許して欲しい。

灰音が徐に思い返してみると確かに後頭部に強烈な衝撃を加えられてからの記憶がない。

この身体がいかに鍛えておらず、外的衝撃に耐え切れないのかが今ので再び痛感した。
"前"の世界でも松陽先生に拳骨を食らった事はあるが気絶する事はなかったと思う。

という事は先生がその分加減をしてくれたのか、それとも今の"前"よりも身体が弱体化しているのが原因か。

・・・恐らく両方だろうな。


灰音は依然にこにこと笑う青年を見る。
傍から見れば人畜無害の笑顔なのだろうが灰音から見れば先生と同じ種類の笑顔だ。


「さて、貴女の名前は何ですか?」
「・・・・・・名前?」


名前。

灰音は思わず脳裏に血縁上の母親を過ぎらせた。


―――そういえば。

あの人は、私をなんと呼んでいただろう。

思い描いていた幸せとは程遠い人生を歩む事になってしまった、可哀想な女性。


幸せになってはいけないのだと、この身に呪いを吐き続けた哀れな女。


「―――・・・知らない。
あの人が、私を呼んだ事なんて無い。覚えてない」
「・・・・・・」


母親と呼ばれる存在。
その人に"前"も"今"も名前を呼ばれた事なんて一度たりともない。

だけどそれで良いと思う。
変に愛着が出来るのもどうかと思うし。


彼女の瞳に冴え冴えとした光が一瞬宿った事に輝石は敏感に感じ取る。


銀髪の少女。
儚さを体現させたかのように、ただベッドの上に座る彼女は今にも掻き消えそうに見える。
そしてそれは少女の今までの生活からにして無理はないとさえ言える。


まだ一桁の年齢であるにも関わらず、感情表現というものをごっそり抜け落ちた少女。
先程軽く事情を尋ねたら、なんとこの少女には帰る家がない事を知ってしまった。

ただの同情かもしれない。
だけど一度関わってしまった以上、素通りする事は出来なかった。


「・・・では私が代わりに名前を付けても?」
「ぇ、」
「いつまでも『貴女』と呼ぶわけにもいきませんからね」

「っ・・・」


その声音に、その台詞に。

灰音はひどく動揺の色を見せた。

まるで亡霊を見るような、有り得ないものを見たような。

そんな目で、輝石を見つめる。


『では名前を考えましょうか』


ずきり。

優しい記憶が容赦無く蘇る。

鮮やかに、鮮明に。

『そうですね。では、・・・』

穏やかに笑った先生。ひだまりのような声。

止めて、私は、私はあの人から貰った名前を消したくない。
彼が残してくれた、数少ない贈り物をこれ以上失くしたくないの。


「っいらない!!」

咄嗟に出た拒絶の言葉に、輝石が目を丸くしているのが分かった。
それでも彼女の勢いは止まらなかった。

「止めて、止めて、わた、しは、・・・!!私は・・・!!」

前言撤回だ。
真選組の彼らの方がマシだった。
何も知らない人間よりも、多少事情を知った人間の方が彼女にとって好都合だったのだ。


赤の他人から見れば"私"という存在は「実の両親とは暮らせなくなってしまった、家なき哀れな子供」なのだと。

そんな人の目など気にならないのが私だった筈なのに、いつからこんなに弱くなったの。



灰音はそれを認めたくないと言わんばかりにきつく目を閉じる。
瞼の裏側に穏やかに笑う男の面影が映し出されていた。



  ♪



輝石と入れ違いに入ってきたのは呆れた表情を前面に押し出した土方だった。


「―――随分荒れてんな。異名に違わず、とはまさにこの事じゃねーか」
「五月蝿い」

荒んだ眼。荒んだ口調。
それらとは裏腹に研ぎ澄まされた剣術と体術。

ちぐはぐした存在であれど、戦場を駆け回るその姿はまさに『荒神』という名に相応しい。
土方は心中にてそんな思いつつ、文字通り荒れ狂う感情を持て余した少女を見る。

身体中に傷を負っているとは思えない程暴れ、手に負えないと連絡が入った時は一体何事かと思ったが―――なんて事ない。

この世界において彼女の隣りには『抑制剤』となる『精神安定剤』がいないからだと気付くのにそう時間はかからなかった。

白夜叉、狂乱の貴公子、鬼兵隊総督。

彼女が心を開いて、遠慮なく話せるのはこの三人位だろう。
だけど、現実はそれを許さない。
この状況下で再会なんてしたら最後、もう完全に依存してしまうのは目に見えている。

土方の中で伝説の攘夷志士に再会しても彼女と会わす気は微塵もなかった。
それでは彼女の為にはならない。
自立させるには荒療治も時には必要だろう。

例え恨まれようとも、彼女は"昔"からの付き合いだ。
誰かに依存した彼女など見たくもない。
いやそれ以前に白夜叉達を目撃しても灰音に言わないといけない義務など彼らには無いのだが、それでも土方に巣食うお節介とも呼ぶべきお人好しさが今回の行動に繋げていた。


「・・・お前、分かってんだろ。
この世界は"前"とは違って比較的治安が良い。安定しているとも言える。
そんな世界で、実の両親は勿論、俺達の手も借りる気はないお前がこの世界で生きるのは無理だ」

目の前の女は意地でも己の手を取らない。
そんな事誰に聞かずとも分かっていた。

だからこそ彼は灰音に現実を突き付ける。
彼女は馬鹿ではない。

認めたくない、その一点で暴走なんてされては堪らない。

土方は依然厳しい表情で灰音を射るように睨みつけた。


「認めろ。お前は弱い。一人で生きる事が出来無いただの女で、ガキだという事をな」


一方的に告げられた言葉に灰音は奥歯を噛み締める。
端麗な顔を苦痛で歪ませ、白い手は病室のシーツを固く握り締めた。

ぎりり、と歯を強く噛み締める音が聞こえた気がしたが土方には届いただろうか。



―――分かってる。

自分がどうしようもない弱いという事くらい。
だから、銀時にいらない咎を負わせてしまった。

私達を選び、先生を手にかけさせてしまった事を、今も尚自分の身を恨んでいる。

もっと、力があれば。
あんなにも苦しまなくてすんだのに。


灰音は正論を突きつけられ、ぐうの音も出なかった。
代わりに泣きそうな目で土方を睨み付ける。

それが最早ただの八つ当たりだという事に勿論気付いていたが、それでも彼女から目をそらす事はなかった。


20150605