巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
毎日この私塾に通う少年がいるのを灰音は知っていた。

―――否、通うというのは語弊がある。
正しくは道場破り。

私塾に道場破りというのもおかしな話だがそれでも彼の行動を言葉にするならその単語を使うのが一番正しかったのだ。


少年の名前は高杉晋助。
銀色の少年に何度も負けているのに彼は懲りずに、瞳に不屈の炎を灯して毎日私塾に通い続けた。
そんな彼と、その彼をうんざりしつつも毎日試合う銀色の少年を灰音はじっと眺めていた。


高杉がようやく銀時から剣道の試合において一本取った時。
その時が灰音と高杉、そして桂の二度目の会話だった。



「ったく少しは負けた見方をいたわる気持ちはねえのかよアイツらは・・・」
「銀」
「・・・あ?なんだよ灰音、お前も負けた俺を笑いに来たのか?」
「なんで笑うの?勝っても負けても銀は銀で、私の中では松陽先生の次に強いよ」
「・・・お前このタイミングでマジレスすんの止めてくんない?」
「?」

銀時の目の前にて小首を傾げる銀髪の少女、もとい灰音は見た目一級品の美少女だ。
自分と彼女を拾ってくれた吉田松陽が目に入れても痛くないという言葉をそのまま形容しても問題ない位可愛がっているのを銀時は知っている。
そんな彼女が自分を持ち上げるような言葉を言われたら勘違いするだろう。

・・・彼女の台詞の『松陽の次に』という言葉がいやに現実味を帯びている為、変な勘違いは起こらないだろうが。


「おや灰音、嬉しい事を言ってくれますね」
「だって本当のこと」
「ふふ・・・おや銀時顔が赤いですね。もしかして照れているんですか?」
「てっ照れてねえ!」
「?あ、そうだ銀」
「ああ!?」
「さっき言ってたしょ・・・しょじょまく?ってなぁに?」

『・・・・・・』


純真無垢の瞳でそう聞かれた銀時と笑顔のまま微動だにしない松陽の二人は沈黙した。
沈黙して絶句して無言を貫き通した結果―――、


「・・・・・・灰音今の質問は忘れなさい。
そして銀時、」
「・・・・・・はい」
「少し此方に来なさい」
「・・・・・・・・・はい」


輝いた笑顔とは裏腹にその瞳はちっとも笑っておらず、そのちぐはぐした笑顔を向けられた銀時は己の死期を悟ったのを灰音は知らない。
何故なら銀時が墓場まで持っていこうと決めた内容だからである。



  ♪



「チッあの不良娘何処に行きやがった・・・!!」

例の少女を保護した病室に顔を出せば、其処はもぬけの殻。
思わず土方の米神に血管が浮いたのは彼の短気な性格を思えば当然といえよう。

辺りに殺気を撒き散らす彼を遠巻きに見つつ、横切る看護師や入院患者を他所に土方が灰音を探そうと意気込んだ瞬間。


「すみません」


「・・・あ?」

怒りを霧散させるような声音に土方は条件反射で振り向く。
振り向いたその先には僅かに微笑を浮かべた男が一人。


「・・・誰だ?」

自分の記憶の引き出しをひっくり返してもこの男に関するものは一つもない。


「この女の子を病室まで運びたいのですが、もしかしてお知り合いですか?」
「女の子だあ?・・・・・・いたあああ!!

土方の目の前に立つ黒髪着物姿の青年の背中には何故か気絶している銀髪の少女がいた。


「どうしたトシ!」
「っ近藤さん!」
「・・・お二方、此処は病院なのであまり騒がない方が、」

「そ、そうだな。・・・あれ?なんでこの子を貴方が背負って、」
「近藤さんそれ俺が聞こうと思ってたところ」
「ああ彼女のお知り合いでしたか?
つい先程彼女と軽くお話をしたのですが、見ての通り眠ってしまって・・・」

青年の台詞に二人は思わず瞠目した。

伝説の攘夷志士、『荒神』が見知らぬ他人の前で眠る?
二人にはとても考えられない事だった。


「・・・こいつ、アンタの前で眠ったのか」


過去に囚われた人間嫌い。
どんな人間でもまずは疑う。
自分にとって有害か無害か。

そんな女が、


「?ええ、何故こんな寒い日に外に居たのかという事など」
「・・・・・・」
「・・・外にいたんですか?」
「はい。流石にそんな薄着では風邪をひくと思ったので言い聞かせて病室に戻らせようとしたのですが頑なに嫌がられて・・・」

そりゃあ子供扱いされたら嫌がるだろう。

土方は無言でそう思った。
仮に自分がされても灰音と同じように嫌がるだろう。

むしろ余計なお世話だとか言って突き放すのは簡単に予想できる。


「・・・それにしても貴方方って警察の方ですよね?
彼女の身内というわけでもないですし、もしかしてワケありでしたか」

察しが良いとこうまで面倒臭いとは。
土方はあのサディスティック星の王子と称された少年を思い出してどう話を切り上げようかと溜息を一つ吐き出した。


20150412