巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
「なァ灰音、お前はどうなんだ?
俺と来るか?それともアイツ等と一緒に行くか?」

冷たい光を宿す隻眼。
女物を思わせる派手な着流し、左目を覆う包帯。

凶悪犯らしい悪人面を引っさげてそう問うのは幼馴染の一人。
高杉晋助。

「先生を奪ったこの腐った世界を、お前も心の底から恨んだ筈だ。
その銀の髪が血に染まる位にな」
「・・・私は、」

床に散らばる夥しい数の天人の亡骸。
隻眼の彼の持つ刀は血に濡れて妖しく光っている。

対するのは銀色の長い髪を持つ、灰音と呼ばれた妙齢の女性だ。
両手で構えるのは身の丈以上の刀身の長さを誇る野太刀。
刀身の色は闇を切り取ったような黒曜石。
人外には絶大の切れ味を誇るという、まさに天人の天敵とも称される妖刀中の妖刀、《天狼》。

妖刀を構える彼女の髪が風で靡く。
かつて、伸ばせと言った髪。
高杉は遠い過去に一瞬思いを馳せながらも彼女の一挙一動をつぶさに観察する。

油断など一切出来無いのが目の前にいる女―――異名《荒神》なのだから。


「・・・なんだ。
結局答えは定まっていないっていうのか?」
「違う!私は、私は一緒に行けない。行かない。
もう、先生を言い訳にして、殺しはしない」
「な、」
「どうせこの手は血濡れで、私の進む道は血潮で出来ていたとしても、殺す理由は私が決める。私は、」
「・・・めろ、」
「私は、自分の為に殺す。
だから貴方とは手を組む事は、無い!」


黒刀と白刀が交錯し、蝶の刺繍がされた紫の着流しと白衣緋袴が交差する。
息を整える間もない程の激しい斬撃の応酬に終わりを迎えたのはある男の声だった。

「―――高杉」

「!」
「っ!!」


皮一枚、衣一枚。
そんなギリギリの攻防戦は引き分けで終わる。

彼と彼女が完全に決裂したという証が、周囲の斬撃によって物語られていた。



  ♪



「・・・・・・」

見慣れた白い天井、消毒液の臭い。
それらが此処は病院である事を、先程の記憶が夢幻である事を、灰音に知らしめる。
人知れず、彼女は白い枕に後頭部を埋めながら、舌打ちせんばかりに悪態をついた。

「っの、ばかが・・・!」

悪態をついた相手は果たして夢の中の幼馴染か、見た事の無い神様とやらか、はたまた自分へか。
その答えは彼女のみが知る。


自嘲じみた笑みを浮かべたと思ったがやはりその顔は無。
どうやら表情筋は死滅したと思った方が良いかもしれない。
虐待を受けれど、前世の記憶があったから精神崩壊は免れたがこれからの事を考えれば非常に面倒臭い事には変わりない。
恐らく両親の所には帰らされる事なく、何処か別の場所に移るに違いない。

まさかとは思うがあのお節介もとい真選組幹部連中行きだったら間違いなく自分は舌を噛む自信がある。


「・・・・・・還りたい、なあ」


渇望する。
かつて澄んだ大空に何一つ鋼鉄の乗り物が飛ばない事を願っていた筈なのに、それが叶ったのに、隣りには誰もいないだなんてそんな馬鹿な話があってたまるか。



「―――こんな所にいたのかお前」
「・・・出やがったなマヨラー男」
「おい口調が荒神に戻ってんぞ」

元攘夷志士、荒神は存外口の悪い人物だったらしい。
同士でもあり伝説的存在である白夜叉曰く、他の志士に舐められないようにする為もあったと言うが何処までが本当なのかは定かではない。

自分が知っている事といえば理性の糸が切れた時位か。
己の人生において同じ空間にいた事を後悔した日は後にも先にもあの時だけだ。

土方は内心で深い溜息をつきながら病室を抜け出した重病人を睨み付ける。
極悪人と言われてもおかしくない目つきではあるが彼女には暖簾に腕押し、糠に釘並に意味が無かった。


「・・・それで何の用よ」
「骨折しているのにも関わらず姿が消えたと中で大騒ぎしてたから探しに来たんだよ」
「ご苦労様」

いけしゃあしゃあとそう嘯く少女の視線は決して自分へと注がれる事はない。
それを分かっているからこそ土方は敢えて目線を合わせようとしなかった。

「・・・お前の母親だが、今は精神を患っていて病院に入院だそうだ。
だからお前の家に帰そうと思っても誰もいないという点で今、議論になっている。
誰が引き取るのか。その一点でな」
「貴方達真選組が引き取るなんて結論になったら潔く死んでやるわよ」
「んな真似させるか、一応俺と近藤さんが助けた命だろうが!!
それにそうほいほい死なれたらこっちの寝覚めが悪いんだよ、大体生きてたらいつか万事屋達にも会えるかもしれねえのに自分からその可能性を潰すのかよ」


土方の容赦のない言葉が灰音の心を抉る。
全くもってその通りで何を言い返してもその事実が覆る事はないと知っていた。
だからこそ灰音は沈黙した。


綺麗事かもしれない。
だけど彼らもこの青空の下、何処かで生きていたらと思うと死にきれない。
保護されるまでのこの数年でも何度も命を絶つタイミングはあった。
それでもそれを躊躇させる、最大の理由はその一言に尽きた。

呆れられるかもしれない。怒られるかもしれない。仕方無い奴だと笑われるかもしれない。
また彼らと共に時間を過ごせたら、私はそれで良かった。

何気ない日常が何よりも尊い。
初めにそう言い出したのは誰だったか。

「・・・とにかく、お前は生きるべきだ。
生きる理由が見付からないなら探せ。自分が生きようと思える理由をな」
「・・・・・・わかってるわよ」

生きる理由がないと生きられない、なんて。
他の人はきっとそんな事を考えなくても生きていられるだろう。
だけど私は、それが出来無い。
なんて、なんて弱い。



  ♪



それから一体どれだけ時間が経ったのか分からない。

半ば自暴自棄にも似たような荒れ狂う感情の中、一人佇む灰音の前に一つの足音と共に着物姿の若い青年が現れた。

俯く彼女からは決して見えない、男性にしては長い黒髪を項の部分で軽く結っており、着物を着こなす青年の表情は穏やかだった。


「・・・・・・おや。こんな寒いのにそんな薄着では風邪をひきますよお嬢さん」


聞きなれない男の声に灰音の睫毛が僅かに震える。

―――この第一声が彼女を取り巻く環境を変えるなど、誰が予想したのか。

これが、彼女と草薙輝石の最初の言葉である。

20150112