巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
夢を見た。

暖かくて優しい、それでいて泡沫のように儚い、そんな夢を。



「名前は灰音にしましょう。
姓は・・・そうですね。草薙にしますか」
「・・・灰音?」
「ええ。今日から草薙灰音です。
貴女の名前は、と問われたらそう答えなさい」


ひだまりのような優しい声音でそう言われた言葉に灰音は少し歪になりながらも破顔に近い表情を浮かべた。

「・・・はい。ありが、とうございます・・・・・・松陽先生」


蒼銀色の長い髪と青灰色の瞳。
それだけ聞けば好奇の目で見られる事は確実だが彼女、灰音の容姿は人形のように整っていた。
造形美、と言っても過言ではない位に。

だから、松陽は一抹の不安があった。
近い将来事件に巻き込まれた時、彼女一人では敵わない時がきっと来る。
せめて自分の身位は守れるようにと剣を教えようと松陽が思ったのを彼女は永遠に知らない。




「あれ、銀?」
「おー灰音・・・何、その鋏?髪でも切んの?」
「うん。長くても邪魔だし、肩位まで切って貰おうと思って」
「・・・マジか」

銀、という愛称で呼ばれた少年の名前は坂田銀時。
名前を呼ばれ、振り返った銀時の紅い瞳には一つの鋏が握る灰音の姿が映る。
銀髪を持つ者同士、銀時と灰音は比較的仲が良かった。


そんな現在の彼女の髪の長さは肩の下程。

本人にとってはコンプレックスでしかないものだろうが、銀時は彼女はもっと髪を伸ばした方が似合うと思った。
不器用で素直では無い彼が意を決してそう言おうとした矢先。


「切るな。伸ばせ」
「・・・・・・」
「晋助?」

きょとり、という擬音が一番よく似合う表情を浮かべながら灰音はいきなり現れた少年の名を呟いた。
しかし顔を引き攣らせたまま固まった銀時を他所に高杉は首を傾げた灰音の一筋の髪を掬い上げる。

「お前は髪が長い方がよく似合う。だから―――伸ばせ」


ぶっきらぼうに、淡々と言った後の彼女の表情を高杉は死ぬまで忘れる事はなかった。
照れるでもなく怒るでもなく。

灰音の表情はただただ狼狽の色を映していた。
滅多に言われない言葉を言われ、どう返したら良いのかそれすらも分からない。
感情を持て余しているかのような、迷子のような表情を浮かべていたのだ。



  ♪



「へえ。土方さんのいつもの虚言癖かと思っていやしたがどうやら本当だったみたいですねェ。
俺と同い年位ですかねェ、此処では姐さんじゃなくて灰音サンと言った方が良いですかィ?」
「・・・・・・」

何故こうなった。

薄い茶色の髪を持った少年が彼女を射抜くように見ている。
・・・彼の視線で穴が空きそうだ。主に顔や腹部。
というより何が物珍しいんだ、"前"と容姿が違うという理由なら鏡を見てくれば良いのに。
自分も似たようなものだろうが。


灰音はそう言ってやりたい衝動をぐっと堪えた。
甘い顔をして彼はその実凄まじく口が回る。
自分も負けてはいないと思いたいが其処までに至る体力やらが勿体無いと思い直し、結局は沈黙を貫いた。


そもそも事の発端はやはりと言うか土方と近藤が連れてきた少年だった。
何か何処かで見た事があるとか、何か物騒なあだ名が付けられていたとか。
そんなどうでも良い記憶の琴線に引っ掛かって数秒。
彼の第一声に記憶が全て引っ張り出された。

ちなみに彼の第一声は上記の通りである。

「・・・それで?何の用かしら。一番隊隊長さん」
「そんな堅苦しい呼び名は止めて下せェ。
昔みてーに総悟って言ってくれやせんか」
「そんなふざけた仲になった事も呼んだ事も無いわよ」


そうでしたっけ?と飄々と嘯く少年を灰音は怒りを滲ませた視線で見る。
・・・ダメだ。
この少年は他人のペースを狂わせる達人だ。


懐かしいこのやりとりも、今の彼女にとっては起爆剤でしかならない。
だが此処で下手に感情に任せても良い事なんて無いのも事実。

―――彼の意図がまるで読めない。
その事実が、腹立たしくて仕方がない。


結局。
灰音は湧き上がる怒りを抑えつつ、沖田総悟の戯言を聞き流す事に決めたのだった。



  ♪



重症患者の精神衛生上大変宜しくない少年が彼女の病室に居座って二時間経過した後。
がらり、と音を立て現れたのは瞳孔が開ききった黒髪の青年だった。

「出たわね妖怪瞳孔マヨラー」
「何そのネーミング!?テメエマジぶっ飛ばすぞ表へ出ろ小娘!!」
「ぷぷっダセーですぜ土方さん。
俺達ャ幼気な子供なんですよ、そんな言葉にいちいち反応してたらキリが無いでさァ。
あ灰音サン、ちなみに妖怪瞳孔マヨラーってどういう妖怪なんですかィ?」
「年がら年中瞳孔を開いていて他人にマヨネーズを押し付けるという傍迷惑な妖怪」
「成程、まんま土方さんですねィ」
「打ち合わせでもしたのかテメーら!!
大体総悟は俺に全然懐かなかったのにどういう事だ、お前どんな手を使った!?」

「人を魔性の女みたいに言わないで頂戴」
「そうでさァ、俺が土方さんに懐くなんて近藤さんに姐御が靡く位ありえやせん」

この毒舌コンビが!と内心毒づく土方の心中は荒れに荒れていた。
青筋を米神に何本も立っている土方の姿はただのチンピラか何かだ。
顔は整っている分凄みが増していると言った方が正しい。


灰音は監視も兼ねてやってくるこのお節介共をどう追い払おうか考え始めるのだった。


20141221