巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
痛い。
傷が焼けるように熱い。

「っ・・・」

身体が悲鳴を上げる。
痛くない所を探す方が難しい位の傷が熱を持った状態で灰音は目を覚ました。

普段なら寝起き最悪な彼女が、最初から意識が覚醒しているのは珍しい。


「・・・・・・っ」


肩で息をする中、辺りを見回すとどうやら病院らしい。
消毒液の臭いと真っ白な病室がすぐに目についた。

体を見ると自身の肌と同じ位真っ白な包帯が。
次いで視界の端に映る銀色の糸が見えた。


「・・・え、」

痛む右腕を抑えて銀糸を引っ張ると次の瞬間、痛みが走った。
灰音はたっぷり五秒の沈黙の後、ある考えに至った。


「・・・・・・髪?わたし、の・・・」

自分の本来の髪の色など久しぶりに見た。
髪を洗ったのはこの病院の人か、それとも・・・。

其処まで考えたとき、ふとベッドに横たわる男に険しい表情になったのは仕方が無い。

・・・何故此処にいる。


"あいつら"とはまた違うタイプの天敵が手が届く範囲にいるという事実は灰音の平常心を僅かに崩した。
彼らの姿をみた途端芋蔓式に思い出した記憶に彼女は自然と舌打ちを溢す。

・・・そういえば"荒神"と呼ばれていた。
という事はこの男達は前世の記憶持ちと考えるのが妥当だ。

灰音は忌々しいという表情を浮かべながら、男の肩を揺らした。



  ♪



何かに肩を揺さぶられている。
そう感じて瞼を開ければ、其処にいたのは驚く程静かに佇み、何処までも無表情で体温なんて感じさせない人形めいた少女がいた。


「・・・やっと起きたのね」
「・・・あ?」
「此処、何処かしら」

痛々しささえ感じさせる白い包帯に巻かれた少女の青灰色の瞳が射抜くように此方を見る。
その鋭い瞳の色はとても幼女に出せるモノではない。
つまり―――そういう事だった。


「・・・・・・此処は警察病院だ。そしてお前は患者だ、ちゃんと寝てろ重症患者」
「重症?」
「右足が複雑骨折、全身に擦過傷に打撲痕数十箇所。
これを重症と言わずに何て言うんだ」
「・・・さあ。どっちにしたって助けなんていらなかったわよ」
「あ゛?お前骨折してんだぞ。しかもそんなちっせえ体で逃げるつもりだったのか?」
「違う。・・・あのまま死ぬつもりだった。だから助けなんていらなかったと、言ってるのよ」
「・・・・・・」

絶望というより失望と言った方が正しいだろう。
幼女もとい草薙灰音の瞳には光なんて無く、あるのは仄暗く虚ろな色。

「・・・・・・先生も銀時もヅラも坂本も。認めたくなんてないけど、高杉もいない世界なんて、いらないのよ」

そう言って、再びベッドに逆戻り。勢いよく仰向けに倒れる。

本当は動かすのも辛くて痛い右腕を無理に動かして顔を覆い隠す。
頬を伝い流れる涙の跡をかき消すように。

「本当に、世界は残酷よね」


『愛してますよ灰音』『生きる尊さを知る、優しい子』『だからこそ貴女は幸せになるべきです』


過去に囚われてはいけないと分かっているのに、どうしても前に進む勇気が無い私をどうか嘲笑って。



  ♪



警察病院にて入院して数日。

彼女がまともに会話をしたのは結局初日だけで後は全て沈黙していた。
何を聞いても、食事にさえ手を付けず、ただただ無反応。

医師は遠回りの自殺を止めさせようと、点滴をする。
それさえも、彼女は無反応で。

当然、彼女の反応は家庭内暴力による精神的ショックでこうなってしまっているのではないかと推測された。
結果として灰音は腫れ物のように扱われる事になった。



「おいちゃんとメシ食え、この自殺志願者」
「・・・・・・」
「トシ!そんな言い方をするな!彼女は一応怪我人だぞ!」

歯に衣着せぬ物言いでそう言うのは土方十四郎。
後ろで何やら小言を言っている近藤勲の苦言もスルーしている。

ぶっきらぼうな物言いはあの天然パーマを思い出す。
似ていても決して同じじゃない男に灰音は軽く苛立った。


・・・もう一度女体化してしまえば良いのに。
そうしたらちゃんと食事くらいしてやろうじゃない。

灰音は静かにそう心の中で呟く。
誰かに伝わる筈なんてなかったのにも関わらず、土方は灰音の心境を的確に読み取ったらしい。
瞳孔がいつも以上に開いており、米神に青筋を立てている。


「おい今何かヘンな事思わなかったか?」
「・・・・・・」
「無視か!!テメエこのクソガキ黙ってりゃ付け上がりやがって、上等だ表に出ろ!!」
「落ち着けトシィイ!
彼女は何も言ってないぞ!?」
「甘ェんだよ近藤さん、誰もが総悟みてェにアンタに懐くとは限らねえんだぞ!」

ぎゃあぎゃあと叫ぶ大の大人を冷めた目で見つつ、灰音は静かにナースコールを押す。
そして騒ぎを聞きつけた看護師達に怒りの鉄槌を受けるのを見ても彼女は微動だにしなかった。



羨ましい、と思う。
例え世界が変わろうと、彼らは再び同じ時を共有する事が出来るのだから。
彼らは一人ではないのに、どうして私は一人なのか。


どうか、これ以上私に近付かないでほしい。
(嘘、一人にしないと言ってほしい)

私の事なんて放っておいてよ。
(嘘、もう独りきりはイヤなの)

どうせすぐに置いていくんだから。
(どうせなら一緒に連れて行ってほしかった)




「・・・・・・分かっているのに、」

どうしても割り切れない。
現実と過去によるもどかしさが彼女を苛む。
心を限界にまで擦り切らせても、それでも彼女が望むのは。


20141213