巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
それから犯人と思われる仲間を次々と地面に這い蹲らせ、情報を聞き出す幼馴染の姿はいっそ清々しい程手馴れていた。
・・・熟練の外国工作員でもこうはいかないと思った真斗を他所に灰音の「逃げるのはもう面倒臭いから一度主犯を締めておこう」という鶴の一声で現在、逃げるの一手から迎撃体勢に切り替えているわけなのだが。

容赦など何処にも無い攻撃を喰らい次々と昏倒する犯人に僅かに同情しながらも真斗は灰音の邪魔にならないようにしつつ行動を共にしていた。

灰音と真斗の付き合いは人生の半分程だが、この日一日で動じない心を手にしたと言っても過言ではなかった。


「目的はやっぱり貴方のようね、真斗」
「・・・す、すまない・・・」
「巻き込まれたものはもうどうしようも無いわよ、いちいち落ち込んでいたらキリが無い・・・ところで」
「・・・?」
「警察に引き渡したら褒賞金って貰えるのかしら」
「・・・。灰音の家はそんなに金に困っていたのか?」
「何言ってるの善良な一般人がこうして犯人逮捕に貢献、果ては迷宮入りするのを防ぐ為にこうして危険を顧みず動いているのよこれで何も報酬が無いなんて割に合わ無さ過ぎると思わない?」
「俺はお前の方が危険だと思うが」
「貴方置いて帰るわよ」

薄ら寒い空気が立ち込める空間に一体誰が入りたいと思うのか。
残念ながら二人にとってこれは日常茶飯事であり、この空気が異常だと気付く者はこの場にはいなかった。

いつだって被害者はこの二人以外である。

そんな二人に割って入る存在がまた一人増えた。

「いっいたぞ!ガキが二人いっぐぇっ」
「五月蝿い、叫ぶなら静かに叫べ」
「・・・矛盾しているぞ灰音・・・」

また犯人が一人倒れた。
・・・一体何人目になるのか。
ちなみに真斗は両手の指の数では足りなくなってきた辺りで数えるのを止めていた。
理由は勿論だんだんあまりこの行為に意味が無いと気付いたからである。

「・・・さてこの階が最後。そしてこの部屋が最後の部屋というわけだけど、覚悟は出来てる?」
「灰音と一緒に帰るという覚悟はあるな」
「・・・・・・そう」

部屋のドアを開けようとした、その瞬間。
灰音はこの時、ある会話を思い出した。


『・・・少女誘拐事件?』



「っ」


『ああ、最近この辺りで多発しているらしい。
それも小学生低学年の女子ばかりだと聞く』
『そう』
『通り名は―――』



確か、その名前は。

灰音はふと過去を思い出した。
あれは七歳の時。つまり六年前。
その時に、確か珍妙な事件が弾丸のようにやって来て―――。


『金になる少女の匂いに導かれ、今日も駆けよう漢・浪漫道!
怪盗マフラー仮面見参!』


「金になるガキの匂いに導かれ、今日も駆けよう漢・浪漫道!か、」
「チェンジ」「チェンジだ」

脳裏に蘇った台詞とほぼ同じ言葉。
六年前より少し老けた顔。
人間、死ぬまで性格は直らないと言われてきたが、彼はどうだろう。最早手遅れなのでは。

そんな事を考えつつ灰音と真斗が咄嗟に放った言葉は六年前と同じ返しだった。
心なしか視線が冷たいのは見逃して欲しい。
というより正しい反応だと思う。


「何なの一体此処まで引っ張っておいてまさかのオチが貴方?舐めてんの?準備運動にもならない三下連中を寄越して。相手と自分の力量の差も見極められないなんて三流以下じゃない。むしろ猿以下よただでさえ男なんてムサくて面倒臭くて川原で拳を交わえれば友情が芽生えるなんて勘違い甚だしい妄想をしている馬鹿な生き物かつ世界どころか宇宙一の低脳動物のくせにこんな馬鹿な事を繰り返しているだなんてもう人間として終わりじゃないのかしら。
初対面の子供に『何だこのクソガキ』と言う男と己の欲望のままに人の迷惑も顧みないで暴走する男は生きてる価値ナシだと思うのよ、ねえそう思わない真斗」
「俺に聞くな」
「ふふっ二度とその顔を拝む事はないと思ってたのにとんだ誤算だったわ。
ああ警察を呼ぶのはもう少し後かしら?
貴方がこのくだらない騒動の首謀者だというのはもう分かってるし何かしらの駄賃を頂いても良いと思うのよ」
「ヒッ」


少女とは思えない程の凄みと冷酷さを揃え、微笑する少女に背筋が凍り付く。


「ちなみに子供だからって侮ってたら大怪我するわよ。子供の力でも頚動脈を手刀で連打したら気絶させる位は簡単だから真斗、覚えておくようにね」
「覚えていても使う時が来ない事を願いたいのだが」
「何馬鹿言ってるの人生にイレギュラーは必然でしょ」

物騒な発言に顔を引き攣らせる男は内心、この少女はマイナス方面に成長しているとひしひしと感じた。
淡々と話す銀髪の少女はあの時と同様、一切取り乱していない。
むしろもう慣れているといった様子である。
一方の青髪の少年は他の子供と違い、大分落ち着いているように見えるがそれでも何処か不安そうな表情は完全に無くしきれていない。

少女誘拐犯もとい聖川家御曹司とその幼馴染を誘拐した主犯格の一人である男は前回の失敗を反省し、冷静さを欠く事はしなかった。
しなかったのだが、どうもこの目の前の二人の会話を聞いていると気が抜けるのは否めない。
警戒をし過ぎても何の不都合も無い。
むしろそれ位は当然だ。

明らかにこの銀髪の少女は普通ではないのだから。

―――六年前から。それは変わらない。


「・・・まあ茶番は此処までにしておきましょうか。
私を楽しませて欲しいけど、そろそろ真斗も限界だし。
とっとと帰らせて貰うわ、貴方の目的は身代金もあるかもしれないけど六年前の件もあるんでしょ?
私は其処まで付き合ってあげる程お人好しじゃない」


潜めていた殺気がびりびりと膨れ上がる。
殺気を調節させ、殺気だけで気絶させる事も戦意喪失させる事も出来るなんて、そんなのもうただの子供ではない。
だから灰音は普通の子供を演じようとしたのだ。

面倒事に巻き込まれるのは嫌いだ。
それもある。
だけどどれだけ振り払っても繋ぎとめようとしてくれる手を本気で拒絶する事はどうしても出来なくて。


「・・・灰音、」
「真斗、私があの男を倒すから警察にでも電話しておいて頂戴。
場所を聞かれたら窓から見える景色でも伝えておいて」
「・・・・・・分かった」

明日は天気が良いから洗濯物でも干そうか、とでも言うような軽い口調で話す灰音に真斗は溜まっていた息を吐き出す。
男として思う事はいくらでもある。
だがこういう事は悔しいが彼女の方が上手だ。
適材適所。
その言葉が思い浮かぶ。

心配なんてしていない。
彼女は、強すぎるから。


どすん、と鈍い音をBGMに真斗が部屋の真ん中にある机の上に置かれた携帯に手を伸ばした。

  白色の強さと弱さ

遅くなりましたが誘拐編後編。もう少し!

20140724