巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
!時間軸:repeat
!≠主人公視点



「危ない!」という声と同時にわたしの右手を強く後ろにひかれた。
宙に浮きかけた体を地面に引っ張ってくれた人は深海を切り取ったような青い髪が特徴で有名な聖川真斗様でした。



  ♪



「・・・あれ?彼処にいるのって神宮寺さんですよね?」
「・・・・・・そのようだな。
全くあのように何人もの女性を傍に置くとは・・・!」

ぎり、と強い嫌悪の感情を孕んだ視線は軽く人を殺せそうな威力を持っている。
・・・何というか、近距離だからか少し恐怖を感じる。
聖川様は眉目秀麗な容姿なので何をしても格好良さが滲み出ていると言っても過言では無いだろう。


―――聖川真斗様。
日本が誇る二大財閥の一角を担う御曹司。ちなみに長男。
わたしとは比べものになんかならない存在だけど彼は芸能人になりたいと思い、周囲の反対を押し切って此処早乙女学園に入学したのだとか。


「・・・あはは、は・・・聖川様は、そういうお相手はいないのですか?
許嫁とかいそうですけど」
「・・・・・・」

きょとり。
海色の瞳が瞠目し、何処か間の抜けた視線がわたしの視線と交差した。

「・・・・・・・・・・・・そういった人は、いないな」
「・・・そ、そうなんですか!?」
「何だ意外か?」
「意外というか、その・・・普通かと思ってました」
「そうか」

中学時代に婚約者と呼ばれる女性と手を組み、その話を抹消させた事があるとまでは真斗は言わなかった。
人間誰しも全てを知らなくて良い時がある。


「てっきりわたし、そういう人がいるとばかり思ってました!」
「・・・そ、うか」

聖川様がわたしを見る目はいつも困惑の色があった。
手に触れた時や返事をした時もそう。
何気無い時にはいつも感じる事が多かった。
だけど何故、と問う事は出来なかった。

わたしではない、誰か別の人を見ているような。
そんな得体の知れない不安が心の中に巣食ったまま、日は過ぎていった。



  ♪



俺は時間が許す限りいつだって彼女と一緒にいた。それが日常だと信じて疑わなかった。
一般的に男女の幼馴染というものは思春期と呼ばれる年頃になると周囲の冷やかしもあって関係が疎遠になるのが普通らしい。

それを知ったのは彼女と買い物に行った後の帰り道。
確か小学生の時だ。
一組の少年少女がからかわれているのを見て疑問に思ったのがきっかけだ。

だけど俺も彼女も普通ではなかったし、何より学校が違ったのもあって関係が変にこじれる事なかった。

呼び方も態度も子供の頃からそのまま。
永遠不変であるのではと思い込んでしまう位ずっと傍にいた。

家は勿論学校生活でも女性に接した事があるのは彼女―――銀色の幼馴染だけで、学園に入ってから灰音以外の女性と会って驚きの連続だった。

性格。仕草。態度。
一つをとっても全然彼女と重ならない。
当たり前だ。
同じ男である俺や神宮寺が良い例だ。そしてクラスメイトと比べても全然違う。


ふとした合間に考えるのはいつだって行き着くのは銀色の彼女の事。
人一倍強いけど誰よりも弱い。
気付いていないけど誰よりも人恋しがりで愛情を欲している。

たゆたう蒼銀色の髪が好きだ。
本人は決して好いてはいないけど、見ればひと目で分かるし何より色白の灰音にはよく似合っている。
自分と同じ青い瞳に自分が映っているのだと思うとひどく心が落ち着かない。
彼女の視界はどんな世界が映っているのだろうとたまに思う時がある。
彼女に言えば呆れられるだろうか、それとも馬鹿にされるだろうか。



―――そんな事を思いながら真斗はぽつりと呟いた。
その声に、溢れるくらいの感情を乗せて。


「―――灰音、」


俺が全寮制の学園に入った事で彼女は寂しがっていないだろうか。
強がりで淋しがり屋で人恋しがりで。
人間嫌いだと散々豪語しているのにその実、孤独を何よりも恐れる、大事で大切な幼馴染。

たゆたう銀色の髪に手を伸ばす。
癖の無い髪を梳くのがこの上なく好きだ。


「―――灰音、」


淋しがり屋だから、次の休みには会いに行かないと。
一人にしないと言った。ずっと傍にいるとも。

あの雪の日に出逢った瞬間から、彼女が俺の唯一なんだ。


「・・・・・・―――」


そんな事を夢現の狭間で考えていたら、ふと指先に温もりを感じた。
それにより意識を少しずつ覚醒させる。
海色の瞳が"何か"を映した瞬間、咄嗟に出たのは一人の名前だった。


「・・・・・・灰音?」


その名前に愛しさが混じっていた事に気付いたのは真斗か、それともその指先に触れた相手か、もしくは二人共か。

「・・・・・・ひ、じりかわさま?」
「・・・?・・・・・・!?」

真斗は記憶と違う声に一瞬頭が真っ白になる。
だがすぐに意識が浮上し、ばっと顔を上げると其処には困惑の色をちらつかせた、作曲家の少女。


・・・今自分は何を言った?
彼女と灰音を重ねるなど、ましてや名前を間違うなど失礼極まりない。

つい先程までうたた寝していたとは思えない反射の良さに作曲家の少女は一瞬息を呑む。
その反射の良さも幼馴染の影響による物だが、それを知る者は当人のみ。

「す、すまない!さっきまで夢を見ていて、寝惚けていたようだ。
人を間違えるなど失礼千万だ・・・!」
「え、あ、いえそんな気にしてませ、」

少女、七海春歌の声が震える。
そして真斗と一瞬触れた指先も。

何故声が、指先が震えるのか。
自分ではない名前を呼ばれただけなのに動揺したのか。

それを知る術は誰も持ち合わせていない。

ふと第三者視点が書きたくなったので。

20151004