巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
鈍い音が響いた後。
元監禁部屋、現軟禁部屋には涼しい顔をした銀髪少女と僅かに口角を引き攣らせた青髪少年、床に転がる誘拐犯の三人がいた。

たった数分前まで自分と灰音だけだったのに、と真斗は何処か遠い目をする。

話は五分前に遡る。




『お前の大丈夫程信頼出来ないものは無い!!
顔を真っ青にしながら大丈夫と言った一秒後には気絶しているくせにどの口が言う!』
『それはそれ、これはこれよ』
『灰音ーーー!!』

ドドドド・・・

『っ、』
『来たわね』
『お前状況を分かっているのか?もうすぐ犯人が来るんだぞ!』
『当然、むしろそれが目的だけど。
貴方のその縄を解く鋏なりカッターなりを手に入れるには一番手っ取り早い方法でしょ?』
『灰音、』

真斗が何かを言おうとした次の瞬間。
鍵がかかったドアを壊してしまうのではないかという勢いで開けた誘拐犯が現れた。

そしてその誘拐犯は不幸にも台詞を最後まで言う事無く地に伏せる事になる。


『うるっせええこのガ』

ばきいっっ

『・・・・・・・・・』

『はい終わり。・・・もう少し手応えがあると思ったんだけど、所詮は一般人だしこんなものかしら、・・・・・・どう思う真斗』
『俺に聞くな!!』
『・・・とりあえずこの誘拐犯に身体検査すれば貴方のその縄を切る物位見付かるわよね。
もし持ってなければもう一人呼び出せば良い事だし』
『最後の案だがそれは複数犯の場合だろう。
犯人がこの男のみだったらどうするのだ』
『その時はその時で考えるわ』




回想終了。
文字通り瞬殺された誘拐犯はまだ伸びている。
彼女曰く起きるのは一時間後らしく、『そういう攻撃をした』との事。
・・・この幼馴染は絶対に敵にまわすまい。まわした時が心底恐ろしい。

彼女に初めて会った時から何十回目の誓いをこの時、再度誓う真斗の姿があったのだが灰音はそれを知らない。


「はい、縄を切ったわよ。
・・・やっぱり痕が残ったわね」
「ああ有難う・・・これ位ならすぐ治る。
それでこれからどうするのだ」

バツンッと小さな音を立てて縄を切断した彼女の右手には一つのナイフ。
慣れた手つきで灰音は手に続いて足の縄も切断する事で真斗は自由に動けるようになった。
何故ナイフ等の凶器の扱いに手馴れているのか、この際聞くまい。
何が得意で不得手なのか等、真斗にとって瑣末な問題だ。
彼女が彼女であればそれで良い。

「そもそも目的が何なのかによって変わってくるわね。
身代金なのか報復なのか。
真斗は聖川財閥の長男、狙われる理由なんてそれこそ山程あるし」
「う、」
「もしそれが理由なら私は完全にとばっちりなわけだけど」
「うっ」


ぐさり、と容赦の無い言葉は真斗の心に破壊力満点だった。
第一印象を裏切らない氷を連想させる灰音の青灰色の双眸は冷たい。
真斗は彼女の視線から逃れるように目を逸らす。

「まあそんなの今更だし気にしてないけど」
「・・・気にしないのか」
「貴方の幼馴染をするという事はこんな事態に巻き込まれる事はある程度予想出来るわよ。
まあ私が転んでもただ起き上がるタイプじゃない事は貴方もよく知っているでしょ」
「ああそれはもう」
「・・・何故かしら力一杯肯定されると腹立たしいんだけど」
「お前は俺に何を求めているんだ」
「・・・・・・ツッコミ?」
「は?」

生産性の無い会話を此処で一旦終了させ、真斗と灰音は監禁部屋から脱出する事にしたのだった。



  ♪



「流れに沿って脱出したが、大丈夫なのか?」
「何が」
「書物やテレビでの誘拐というのは命の危機なのだろう」
「・・・まあ一般的にはそうね」
「・・・俺が言うのもあれだが危機感というものが完全に無いな」
「今更ね。
・・・さて、今私達がいるのは何処かのビル。
一応出口と犯人を捜すという事で良いかしら?
ああ、後はいざとなったら窓から飛び降りる作戦で」
「・・・それは作戦か?」


出来るだけ物音を立てないという条件の中、二人は廊下にいた。
小声で話す二人は足音を極力立てずに只管歩いていたのだが。

階段が見えてきた瞬間、すぐに物陰に二人は隠れた。
―――見付けたのは階段だけではなかったからだ。


「・・・あら」
「どうした灰音、・・・・・・!」
「やっぱり他に犯人がいたのね。・・・どうやって料理してやろうかしら」
「頼む、もう少し穏便に事を済ましてくれ」
「むしろこれ以上ない位穏便だと思うけど」
「何処がだ」

表情を微動だにしない銀髪の幼馴染に真斗は深い溜息をつく。
目と鼻の先にはナイフ等の武器を持つ複数の男。
その男達に気付かれないように隠れる二人には危機感というものがやはり感じられない。

相手は成人男性であり武器を所持している。しかも複数。
対する自分達はまだ子供で武器といえば先程拝借した一つのナイフだけ。
あまりにも心許無い状況であるにも関わらず、灰音は平然としている。
真斗といえば表面上は普段通りだが、両手が震えている事に灰音は勿論気付いていた。


(巻き込まれたのは正直気に食わない。
だけど私の預かり知らない所でこういう事が起こっていたら、なんて考えると・・・)
「・・・・・・・・・ど、どうした?」
「・・・・・・別に。否そうじゃないわね。真斗、何でも良いから大人しく私に引っ張られなさい」
「は?っ、いっ――――!!」

ぎゅううう、真斗はいきなり灰音に自身の頬を理不尽極まりなく引っ張られた。
痛みに耐えながら幼馴染の顔を見ればいつもの澄ました顔ではない、不機嫌そうな表情だった。

近くに誘拐犯がいるのにこの仕打ちは何だ。
いつも一緒にいる為大体の行動は読めるようになってきたが甘かった、この行動に至った理由は分からない。
知らない内に彼女の機嫌を損ねるような事を自分はしたのだろうか。
否、もしそうなら言って欲しい。何の為に人間に口が備わっているのか。
とりあえず何でも良いから早く離してほしい。

強く抵抗したいが悲しいかな、彼女との戦歴は圧倒的だったし何よりこの状況下ではそれも出来なかった。


―――灰音が理不尽に真斗の頬を引っ張るという理不尽な行動に終止符がついたのはそれから二分後の事だった。





  例えば息を吸うように当たり前な事

二人の距離が近くなっているという瞬間。
とりあえず主人公は素直に言えないけど真斗は大切な人間のカテゴリーに入っている。自分の知らないところで危険が迫っているなんて考えたくない。一人やきもきするなんて絶対に嫌だ、それなら一緒に巻き込まれた方が安心。目の届く範囲でいてほしいという思考に落ち着いたという感じかな。
だけど其処まで気を許してしまった事に気付いて最後の行動に出たという。
何だろうこのリア充。

20140424