巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
今日は良い買い物をした、とトキヤは無表情を装ってはいるものの内心では浮き足立っていた。
ずっと欲しかった本が手に入ったのだ、今日は時間が許す限り読みふけようと考えていた矢先、事件が起きた。



事の発端は突然だった。
次にトキヤが曲がろうとしていた角の先にて鈍い音が数回と複数の男の情けない声。
そしてゴキッと不吉極まりない音が響いたと同時に、先程の声の主だろう複数の男が拙い足取りで逃げていくという異様な光景を目の当たりにしたトキヤ。

・・・シャイニング早乙女によって鍛えられた第六感が告げている。
この先に待ち受けるのはとんでもなくややこしく、且つ面倒臭い事に違いないと。


「・・・・・・」


そうと分かれば善は急げ。
トキヤは踵を返そうとしたがそれよりも早く厄介事は舞い降りた。


「・・・あら、一ノ瀬君?」
「・・・・・・、草薙君?」


一ノ瀬トキヤと草薙灰音。
紫色と銀色が邂逅した瞬間だった。



  ♪



「・・・・・・あの、今のは何ですか?」
「何が?」
「っ全部ですよ全部!
一体あの男達に何したんですか!」
「別に。
いきなり手首を掴まれて離してくれなかったから、」
「・・・から?」
「鳩尾を容赦無く蹴って顎に拳を入れて宙に舞わせただけ」
「過剰防衛って言葉を知っていますか!?」


容姿端麗、人形めいた美貌は確かに良くも悪くも目立つ。
それ故に先程の男達も彼女に目を付けたのだろうが・・・彼等を擁護するつもりは毛頭無いが彼等の目の付け所は間違っていない。
間違っていたのはその後の行動―――彼女に声をかけ、無理矢理事に及ぼうとした点だ。


灰音の幼馴染曰く、幼少の頃から身に危険が迫った時は自分で赤子の手を捻るよりも容易く対処をしていたらしい。
・・・対処された側の人間に関して、此処では割愛させて貰います。


「ちゃんと気絶しないように手加減したのだから良いでしょ」
「だからそうではなくっ・・・?
草薙君、貴女その右腕の手首・・・」


トキヤの紺碧色の双眸が向ける先にあったのは不自然に曲がった右手首。
・・・ブラブラと力無く動くその動きはもしかしてもしかしなくても、


そして彼女の口から爆弾が投下された。


「・・・・・・ああ、これ?
見ての通りただの脱臼だけど」
「っっそれを早く言いなさいこの馬鹿っ!!」
「ば・・・、ってちょ、」

あっけらかんと言い放った灰音の姿にトキヤは自身の恋人とは違うまた別の理由によって眩暈しそうになったのは言うまでもなく。
しかしトキヤは何とかその眩暈を振り払い、彼女の左腕を掴み引き摺るようにしてトキヤは寮に戻る事にした。

其処には彼女の保護者・・・では無く付き合いが長く比較的彼女が折れるという点において貴重な人間、聖川真斗もいる。
トキヤはこの日、嘗て真斗が彼女を評価する時に言っていた「自分の身を蔑ろにしすぎる」という意味を正確に理解したのだった。



  ♪



「有り得ませんよ、普通脱臼をしようものなら悲鳴の一つや二つ、脂汗が出たりしても可笑しくないでしょう!」
「別に其処まで大袈裟に言う事じゃ無いと思うけど」
「 何 か 言 い ま し た か ? 」
「・・・・・・」


底知れぬ怒りを空気で感じた灰音は口を閉じるも内心ではこういう所は真斗ソックリだ、と思っていたりするが敢えて口に出さなかった。
人間誰しも要らぬ火の粉は浴びたくない。


「ほら手当てをしますから手を」
「その必要は無い」
「何を言って」
「・・・つまり、」


す、と左手首を右手首に添える灰音。
本来なら痛みを訴えても可笑しくない筈の怪我なのに依然無表情の灰音に、ふと此処でトキヤは自身の恋人である"彼女"を思い出す。
髪や瞳の色も何もかも違うのに何故彼女を思い出したので、


ゴキッ


そう思った瞬間、またもや不吉な音が再度トキヤの耳に響いた。


・・・はて、今の音は一体・・・、・・・・・・。


「は!?」
「ほら治った」
「な、何をしているんですか!
脱臼は癖になりやすいんですよ応急処置も正しい治療もせずいきなり自分で治す馬鹿が何処にいるんですか!?」
「貴方の価値観を押し付けないで頂戴」
「押し付けてなどいません貴女がヘンなんです気付きなさい!」
「大体脱臼で病院って・・・大怪我した訳じゃないんだし」
「では聞きますが貴女が病院に行こうと思うような怪我って何なんですか言ってみなさい!」


会話のドッジボールを繰り広げる二人に声をかけようとする勇者は残念ながらいない。
シャイニング事務所男子寮の一角にて織り成す舌戦を遠巻きに見るのは翔とレンだったりするがヒクリと口角を引き攣らせるだけだった。
元Aクラスのメンバーなら恐らく躊躇無く割り込んでいただろうが此処は性格の差だろう。


「そうね、右足を骨折したり(幼少時代のDV)、左肩に刀傷を負わされたり肋骨が折れたり出血多量で失血死寸前の時(前世時代)とかかしら」
「前者はともかく後半の三つは普通に日常生活を送っていたらそんな事態が起こるわけ無いでしょう!」
(・・・前世では普通に日常生活を送っていた筈なのに向こうからバズーカ砲みたいに厄介事が来たんだけど・・・)


灰音は遠い目を過去の日々に向ける。
ざっと過去の体験談を挙げたが案の定一蹴された。

・・・本当はもっと沢山あるけど話したらきっと夢で魘されるでしょうね。
結構ヘビーだし。現代っ子には耐えられまい。


灰音は感覚のズレって案外面倒臭いなと思いながら目の前にいるトキヤの説教を聞き流す事にしたのだった。

そういえば『乙女』主人公とトキヤの絡みってあまり無いな、と思ったので書いてみました。否全体的に主人公とお相手以外の絡みが少ないのが各連載の共通点ですが。
この一件でトキヤは主人公を予測不可能な吃驚人間と認識された筈。それと同時に真斗に一目置くかと思います(ニヤリ

20130630(20141109再録)