夢を見た。
もう二度と還る事の無い、変える事など出来ない、遠い遠い夢を。
目を開けた灰音の視界には澄んだ青空だった。
あまりにも眩しく映った空を一瞬だけその青灰色に映すもすぐに目を逸らす。
まるで、空が穢れた自分を責めている様な気がして。
「・・・・・・・・・・・・」
初めて泣いてから数日経つ。
あの老人の使用人はあれ以来、来ていない。
まぁ本音を言うと来られても困る。
何せ、肉体年齢と明らかに矛盾を生じた台詞を彼処までぶちまけたのだ、子供の戯言だと流してほしいと言うのが此方の願いなのだが、如何せん物事はそう上手くいくまい。
「・・・・・・やっぱり壊れてしまったのかな」
ぼんやりと、呟いた声は空に消え。
残ったのは沈黙だった。
♪
ぱたぱた、と廊下を歩く音に灰音は意識を浮上させる。
大人にしては軽い足音に、彼女は誰か当たりをつけた。
・・・元々自身の交友関係等、たかが知れている。
数秒後、彼女の襖を開けたのはやはり、予想通りの人物だった。
「・・・・・・・・・・・・灰音?」
「・・・・・・貴方も物好きね」
「な、」
「一つ聞くけど貴方私と喧嘩していた事覚えてるの?」
「・・・・・・・・・・・・あ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
忘れていたのか。
灰音は半ば呆れたように表情を崩し、真斗を見る。
「・・・真斗」
「な、何だ・・・」
「・・・・・・・・・・・・ゴメン」
又いつもの様に毒舌を言われると内心身構えていた真斗だったが突然の謝罪に豆鉄砲でも喰らったかの様な表情を浮かべた。
勿論灰音が其れに気付かない筈が無い。
「・・・私が謝ったのがそんなに意外?
喧嘩売ってるなら買うわよ高額で」
「遠慮しておく」
彼女の身体能力の高さから繰り出される技の数々は決して喧嘩、等という生易しいモノでは無い事位、既に真斗は知っていた。
今にも消え入りそうな儚い印象を纏う容姿を完全に壊す程の戦闘力は真斗にとって逆らってはいけない位置に存在する。
故に。
真斗は間髪入れずに彼女の台詞に拒否を示したのだった。
「・・・・・・我ながら、本当に未練がましいわね」
「は・・・?」
「私は生きる目的が無いと生きられない存在らしいわ」
「・・・目的?」
いきなり脈絡の無い台詞に真斗は混乱するが、灰音はあまり気にしていないようだった。
・・・多分理解しなくても良いからそのまま聞いておけ、という事なのだろうが。
「理由とか目的とか。
何も無く生きるのが本当に苦痛で。
生きる為に生きるなんてどうしても出来なくて。
笑う、なんてそんな事、以ての外で・・・」
今にも泣きそうな顔を折った両膝に埋め、真斗から見えないように隠した。
そうでもしないと、耐えられなかったから。
「でも、いつまでもそんな事言ってられないのも分かっている。
分かっているのに・・・」
頭では、理性では分かっている。
だけど心は頭の様についていかない。
其れが酷く、もどかしい。
自分よりも精神年齢の低いこの少年に一体自分は何を言って、何を期待しているのだろう。
まだ、混乱しているのだろうか。
「・・・俺には灰音の言っている事がよく分からん。
だから完全には理解出来ない」
それはそうだろう。
体験していない人間が理解出来るなんて言える筈が無い。
「だが・・・そんな俺でも一つ、出来る事がある」
「・・・・・・?」
思わぬ言葉に思わず灰音はゆるゆると顔を上げる。
僅かな期待と少しの不安と大きな困惑を浮かべて。
「一人よりも二人の方が断然良いに決まっている。
だから辛かったら傍に居る。
何も言わなくても、傍に居るから」
「・・・・・・・・・」
その言葉は灰音の心にすとんと入ってきた。
どんな綺麗事を並べられようと、本心から告げられたその言葉は酷く、安心出来た。
目の前の人物は、嘗てあの世界に居た人たちの誰でも無い。
全く関係の無い人物なのに。
それでも自分の心が、救われたような気がしたのはきっと、気の所為じゃない。
欠けたモノを満たすのは、
前回の更新から2ヶ月以上だと・・・!?
ヒィィィと内心悲鳴をあげたのは秘密です。
これにて第二章は終わりです(多分)
次からはほのぼのしたいなぁ・・・。
20120902