巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
知っていた。

世界がどうしようもなく残酷であることくらい。


識っていた。

人間がどうしようもなく愚かであることくらい。


理解っていた―――。

自分が、どうしようもなく矛盾していることくらい。



  ♪



この老人が言う『聖川財閥』なんて知らない。知りたくも無い。

どんなに凄いのかと自慢されようが豪語されようが、彼女にとっては"其れ"は何の価値も無いもので。
極端な話、其処ら辺の道に転がっている石ころと同じ位価値の無いモノだと言っても良いだろう。


「小娘!貴様は知らぬだろうが坊ちゃまは聖川財閥の御嫡男、聖川真斗様だぞ!
貴様とは違い高貴な方。
本来ならば気安く話せる立場では――!!」

「―――だから?」

普通の人間ならば『聖川』という名に反応して何かしら態度に出るのが正しい反応だろう。
実際、藤川もそういう反応を返してきた人間を何度も見てきた。
だが。目の前の少女は。
見た目は少女であっても中身は成人年齢を超えた、チグハグした存在だ。
しかも、色々なものに対して心底どうでも良いといった考え方を持っている。

その彼女に普通の反応を求めても普通の反応が返ってくる筈が無いのだ。


「な、」
「・・・人間なんて皆同じよ。
自分の事しか考えていない低俗な生き物だ。
周りの、他の人間の気持ちなんて考えやしない・・・!」


興味なんて無い筈だった。もう関わるまいと決めていた。

なのに。どうして。こんなにも心が動かされる?


「小娘、口がすぎるぞ!」
「『何も知らない』?
・・・笑わせるな。貴様こそ、私のことを何も知らない癖に知ったような口をきくな!!」


胸が熱い。目が熱い。眩暈がする。
心の奥底から何かがこみ上げてきて、今まで閉じ込めてきた何かがボロボロと零れていく。




「ぁ・・・あ、あ・・・!!」


燃える家。むせ返るような煙の臭い。

赤い、紅い、朱い―――。


「な、んでっ・・・!!」



そうだ。私は。私は、ずっと。


ある"記憶"が脳裏によぎった瞬間、灰音の中で何かが弾ける。
そして―――封印していたその"言葉"を口にした。

「―――人間なんて大嫌いだ!
直接的だろうと間接的だろうと、アイツ等は私から"あの人"を奪った!
優しいあの場所をアイツ等はあろうことか土足で踏み躙って全部全部跡形も無く壊して!
私はっ、何も望んでいなかった!
"あの人"が笑っていてくれたら其れで良かったのに!!

人間なんて皆同じよ、所詮自分が可愛いから見て見ぬふりをする・・・!」

"あの人"が死んだ時、誰も助けてくれなかった。
なのに、いざ自分の身が危険になったら助けを求める。

そして、あの日々を忘れ、のうのうと生きる姿を見て、一層憎しみが湧いた。

貴方にっ・・・貴方に何が分かるのよっ・・・!」

怒りや憎しみ、殺意に濡れ、揺れる青灰色の双眸。
"其れ"は十歳未満の子供に出せる筈の無いモノだった。


大切な人を目の前で奪われた時。
心底、自分を憎んで恨んで憎悪して怨んで、狂いそうだった。

自分の無力さに絶望した日々を、心が引き裂かれるような感覚を、世界が色を無くした時の瞬間を。

今も尚、記憶に根付いている。
消えることの無い、癒えることの無い傷跡。


「っ大体私からあの少年を訪ねた事なんて今まで一度だって無い。
財閥か何か知らないけれど私一人が関わるだけで何かが壊れる位柔なモノならいっそ滅んだ方がマシだ!
子供の未来を全部大人の都合で潰さなければ成り立たない存在等、たかが知れている・・・!」

ハッと鼻で笑うように嘲笑する灰音に今まで圧倒されていた藤川がささやかな反論する。

「なっ」
「何をムキになるの?
私は只の小娘なのだから、真面目に取る価値なんて無い筈でしょう?」

皮肉を返され、いよいよ絶句した。
この娘は、一体何者なのか。
青灰色の双眸には深い深い絶望と混沌、激しい憎悪が見え隠れしているような。

自分は手を出してはいけない人物に手を出してしまったのではないか。


そんな気さえしてしまった。


「貴方の様な人間は大抵会社とあの少年、どちらが大切かと問われれば答えられなくなる。
貴方は、どうかしら?すぐに答えられる?
答えられないということは、所詮其の程度の存在だったということ・・・」

そして、灰音は吐き捨てるように呟いた。
まるで、其れは呪いの言葉のようだった。


「だから人間なんて大嫌いなのよ・・・!」


今にも泣きそうな表情を浮かべて灰音は逃走する。

これ以上、此処に居たくなかった。泣き顔を見られたくなかった。

もう何が何だか、彼女も分からなかったから。







大切だった。大好きだった。
"あの人"が生きていた頃は、只の子供でいられたのに。

なのに、どうしてこんな事になったのだろう。


灰音は苦しそうな声音で名を紡ぐ。
今にも消えそうな声で。


たった一人の名前を。


「―――松陽先生ッ・・・!!」

逢いたいのに、逢えないなんて。

こんな世界はもう、耐えられない。

  剥がれ落ちる仮面

名前が出ましたが、漫画・・・分かるだろうか。
分からなかったらゴメンなさいとしか・・・(汗

不完全燃焼。いつか書き直すかも。

20120426