巡ッテ廻ッテ乙女ト青 | ナノ
大切な記憶。
私と世界を繋ぎとめる、唯一の絆だから。


「・・・・・・誰」
「わしは、坊ちゃまの使用人じゃ。
お生まれしてからずっと御傍につかせて頂いとる」
「・・・・・・」

名前を聞いてるんだけど。
ていうか、坊ちゃまって誰・・・。

「坊ちゃまって誰」
「ま、まさか小娘、坊ちゃまを知らぬのか!?」
「・・・・・・・・・」

誰かこの老人を引き取ってくれないだろうか。

灰音は心底面倒くさそうに溜息をつく。
彼女の目の前には一人の和服を着た老人がいた。
養父の輝石が着ているようなものではなく、また違った物である。
胡乱気な目を向ける灰音には気付かず、老人はいつの間にか話が進めていく。


「坊ちゃまはあの聖川家のご子息であらされる。
お前みたいな小娘とは天地ほどの差があるのだ、分かったか小娘」
「・・・・・・・・・・・・」


あのってどの聖川家だ。
正直言って世間の事に疎い灰音に姓を言われても理解できる筈がないので、そのように言われても反応に困るのだが。

「驚いて声も出ぬか。
しかし坊ちゃまには女子が近付かぬようにしておったのに一体どうやって・・・」
「・・・・・・・・・もう良いかしら」

恐らく老人の言う坊ちゃまとはあの青髪少年のことだろうと察し、灰音は踵を返そうとする。

彼と初めて出会ったときに抱いた感想は間違いではなかった。
彼は良い所の子供で、私の様な人間と馴れ合うことを良しと思わない家の人間の筆頭の様な人がこの老人なのだろう。
そう判断すると、元々あまり無かった興味関心が皆無になった。
灰音は老人―――藤川の返答も待たずに背を向ける。


(・・・馬鹿馬鹿しい)

何処の家の人間だろうと、私には関係ない。
私から関わることはないのだから、もう放っといて。

何で関わろうとするのよ、・・・苛々する。腹立たしい。


「待て小娘!
今後、坊ちゃまに会おう等と考えるでないぞ!
聖川財閥に坊ちゃまは欠かせない御方なのだからな!」

「―――!」


その言葉に。
灰音の脳裏にある光景がフラッシュバックした。




「・・・俺は家に縛られたくねぇんだよ」
「・・・?」
「だから・・・此処が良いんだ」

 



嗚呼だから。
彼は此処に来るんだ。
自分の家に縛られるのが嫌で仕方なくて。

此処なら本来の自分を出せるから。


何で彼が此処に来るのか。
確かに私は酷い事も沢山言ったけど、私も父さんも家のことには関係なく接していた。
だから、なのか。




―――・・・アイツと重ねたらいけないと分かっている。
アイツとあの少年は全然違う。
声も容姿も何もかも。
でも。だけど。

この一点に関しては―――。



そして。
気付いたら、灰音は激昂していた。

「ふざけるな・・・!」

どうしてこんなにも声が震えるのか。
それは灰音にも分からなかったけど、これだけは分かった。


自分はどうしようもなく、気に食わないのだ、と。

  弾けた感情

主人公の今回の大切な人の家の事情は捏造。
でもこうだったら良いな、という願望がある。

20120401