白百合咲く頃、鶴ぞ鳴く | ナノ
「大将!!」
「主様!!」

縁側で魘されている主を見付け、薬研と共に意識を叩き起こす。
数瞬後、意識が覚醒したのか赤い双眸を瞼の奥より覗かせる。


「・・・あ?散華に、薬研・・・か・・・?」
「主様、顔色が真っ青です。すぐに薬湯の準備を、」
「落ち着け姫さん。大将、魘されてたぜ。大丈夫か?」

菖蒲色と漆黒の双眸にはそれぞれ心配の色が強く映されているのを銀時は見逃さなかったが、魘されていた理由を告げる事はしなかった。


・・・罪の証を、忘れるな?
忘れた事なんてあるめェ。
瞼を閉じたらいつだってあの時を思い出させるのに。

忘れる暇なんて、無い。

「・・・あーだいじょーぶだいじょーぶ。
これはあれだから。此処最近甘味摂取が出来なかった禁断症状だから。いつもの事だから」
「え」
「っ大将、そんな顔色で何言って、」

分かってる。
自分の顔が今、いつも通りの表情をしていない事なんて。

心臓は今も嫌な音を刻んでいるし、指の先なんて震えていて心なしか冷たい気がする。
それでもこの優しい付喪神達に話すのは躊躇われた。

「大丈夫だってーの」

無意味と分かっていても言葉を紡ぐ。
それが、彼にとって唯一出来る行動だった。




不安定な心のまま立ち去った主の背中に掛ける言葉を見付けられなかった薬研と散華は暫くしてから互いを見つめ合う。

「・・・どう思う?」
「大丈夫、な筈はありません。
どう考えても無理しているのは明白です」
「だよなあ・・・・・・大将に気を遣わせているってのが俺っちとしても不甲斐無いな」
「本丸に着いた後も主様は何度か魘されていたので、恐らく今晩も同じ事が起こるかもしれません」
「精神的にも不安定だからな・・・余計に引き摺られやすいんだろう。
よし、なら今日は寝ずの番も兼ねて大将を見張っておこう」
「ならわたくしもお付き合いしましょう」
「いや其処は休んどけよ姫さん」

呆れながらそう進言する薬研に散華はむ、と眉間に皺を寄せる。

「わたくしは初期刀ですよ、薬研?矜持位はあります」
「あー・・・」


短刀は守り刀とも言われている。
一種のお守りとして邪気や災厄を払うものとして考えられていた事もあり、短刀の付喪神である薬研にとっては打って付けの役割だと思ったのだが、やはり彼女も気が気でないのだろう。
黒曜石の双眸に宿る色は自身と同じく不安に揺れている。


「・・・分かった」



  ■■



夜。
本丸中の生き物が寝静まった時間だ。

銀時は薬研と散華から刺すような鋭い視線を受けながらも夕飯を完食し、風呂にも入った後、自身に宛がわれた寝室にいた。
既に敷かれた布団に包まりながらも昼に見た夢を思い出していた。

大丈夫だと呪文のように唱えながらも睡魔は襲ってこない。
悪夢など見ないから、と思っていようと体は正直だ。

眠る事を拒否している事にようやく受け入れるが事態は何も解決しない。


「・・・・・・」

からり、と障子戸に手をかけて廊下に出る。
周囲を見渡すも人工的な灯りなど何一つ無い。
あるとするなら心許無い月明かりのみで、それ以外は真っ暗闇な視界。

「・・・・・・こ、怖くなんて無いから。
幽霊が出そうだとか思ってないから!つか幽霊なんて信じてねェし?
これはあれだ、武者震いって奴だから!」

誰に言い訳をしているのか、銀時は全身の震えを誤魔化そうと独り言を言っている。
明らかに挙動不審過ぎていっそ哀れだと思えるほどに。


この様子をこっそり影から見守っていた薬研は思わず目から熱い何かがこみ上げてきそうだった。
一方で銀時が怖がりだという事を知っている散華は深い溜息を吐いていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・大将」
「潔く怖いと申せば良いのに、何故見栄を張るのでしょう。
此処はわたくしの婆娑羅を使ってしょっく療法とやらを行使してみましょうか・・・」
「それは止めとけ姫さん」

ゆらり、と不穏で物騒な気配に薬研は慌てて止める。
ただでさえ精神が不安定な主に、オカルト以外の何物でもない闇の婆娑羅をぶつけたら一溜まりも無いだろう。
短刀刀剣男士内隠蔽能力第二位の薬研は非常に賢明である。

持ち前の隠蔽能力で銀時に悟られないようにしつつ、彼女の暴走を食い止めた彼は間違いなく功労者であり苦労刃だ。


「何故ですか薬研。
時には荒療治も必要でしょう」
「もう少し安静にさせてあげようっていう優しさも必要だと思うぜ姫さん。
それにアンタの婆娑羅の能力は見た目的にも色々問題があるから。真夜中に闇の婆娑羅なんて見せられたら治療どころか卒倒、もしくは発狂する。
断言するぜ姫さん、だから思い直してくれ後生だから」

薬研に未だかつてない真顔でそう言われたら流石の散華も大人しくするしかなかった。

だって考えてほしい。
お市の闇の婆娑羅は他の婆娑羅者とは違い、より鬱々しく不気味だった。
最終的に薙刀から悍ましさと怪奇現象以外の何物でもない『魔の手』に切り替わってからそれらがより顕著になった。
そんな婆娑羅をそのまま引き継いだ彼女が、怖がりな主に唐突に見せたら阿鼻叫喚の図が待ち受けているのは言わずもがなだ。

散華はそんな薬研の必死な言い分にしぶしぶと婆娑羅を引っ込めようとした、その矢先。

事件は起こった。


「・・・あ?なんか声がす・・・」

『!!』


くるり。
軽く視線をずらした事で散華が引っ込めようとした闇の婆娑羅とが映ってしまったのと、三人の顔色がさっと変わったのはほぼ同時だった。


「・・・まずい」
「・・・」
「っっああああああああああああなんか出たあああああああああああ!!!」

怪我人とは思えない機動力で廊下を走り去る銀時に呆気にとられたのも束の間。
薬研は医師さながらの台詞を走り去る主の背中に咄嗟に投げつけた。

「っ待て大将、アンタ怪我人だろうがああああああ!!!」

ダダダダダッと短刀ならではの優れた機動力を瞬時に発揮させた薬研は銀時を鬼の形相で追いかける。

何勝手に走り回ってんだ!と言わんばかりに走り去る薬研に置いていかれた散華はふむ、と数瞬考え込む。
次いで颯爽と歩き出す。

薙刀は夜戦が不得手だが彼女の場合闇の婆娑羅を所持している事もあってか夜目が非常に効く。
足元が覚束無いなんて事は無く、昼間と同じ位しっかりと歩きながら再び闇の婆娑羅を発動させる。

勿論暴走した主を捕獲する為である。
決して面白がっているわけではない。断じて。


「・・・開け根のこく 根のやしろ
尋ね訪ねて 幾千里
あなた離れて 閻魔様
明日あすの行方を 尋ねや来られ
恋の行方を 尋ねや来られ
彷徨い入れ 底の宿
せなや震わせ 胸抱むねいだ
はらくらうは の根っこ
死にゆく呻き 華のやうよう・・・」

ざわり、ざわり。
ぞわり、ぞわり。
ゆらり、ゆら、り。


散華は見事、『魔の手』を召喚させる事に成功させた。
通常は本体の薙刀に婆娑羅を纏わせるのだが今回は全然違う。
今の散華の姿はまさしく彼女の前主、お市の再現である。

「・・・これなら主様に怪我を負わせる事無く、捕獲できそう」

ふふ、と妖しく笑う彼女はまさしく『幻妖言惑』の名に相応しい。
漆黒の双眸に妖しい光を宿らせて。


「さあ主様、此方へどうぞ・・・?」







ダダダと無我夢中で走る銀時は今何処を走っているのかは分からない。
ただ視界に入ったモノから逃げ切る事だけを考えていた。

そして辿り着く。
昼間に鍛刀した部屋に辿り着いたのと同時に足を滑らせる。

「げっ!?」
「大将!?」

鍛刀部屋にほぼ同時に到着した薬研と銀時。
身体が床に投げ出され、掌が何かを掴んだ。
それが何かを認識しようとした、まさにその瞬間。

桜が舞い散り、黒い服を纏った男と視線が交わった。


「やっと、やっと・・・!!やっと顕現出来た!!
一体いつまで放置させるつもりだったのさ!?
どうせ俺の事忘れてたんでしょ!?信じられない!信じられない!!」

わあああと突如泣き出した、新たなる刀剣男士もとい加州清光に薬研と銀時は茫然とした。
昼間鍛刀した事をすっかり忘れ去っていた銀時は凍り付いたまま。
後ろにいる薬研もまさか銀時が自分達に黙って鍛刀していたとは思わなかった。
恐る恐る鍛刀の妖精に視線を送れば、何とも形容しがたい顔で返された。

しかし騒動はこれだけでは終わらなかった。
この本丸に住む最後の刀剣がひょっこりと姿を現したのだ。

・・・勿論、闇の婆娑羅を発動させたまま。


「主様、薬研!
他に誰かいるのですか殿方の声が、」
「ひ、姫さ、」
「散華!良いところに、って、ぎゃああああああ!!!」
「え?」
「ちょ、おま、なんっ、アアアアアア゛ア゛ア゛アアアアアア゛ア゛ア!!!」
「うわああああああああ!!」
「っ姫さん何でも良いから婆娑羅!婆娑羅をしまえ!!」


本丸生活七日目の夜、本日何度目かの恐怖の絶叫が響き渡ったのは―――言うまでもない。

20151206