白百合咲く頃、鶴ぞ鳴く | ナノ
酒とは良い意味でも悪い意味でも理性を取っ払い、人間関係を変える力がある。

そしてその人物の新たな一面を垣間見るものでもあった。
―――それは刀剣達にも同じ効果を発揮する事が発覚した。

ただ。
今回の場合は刀剣女士ただ一人の場合であり、しかも。
悪い意味で、だ。




「・・・・・・おいおい、こいつは驚いた」

ひくり。
口角を引き攣らせ、恐る恐る大広間を見ると其処には既に惨劇が待ち受けていた。

美しく、儚さを体現化させたような青年もとい鶴丸国永の記憶では大広間で酒宴が開かれていた筈だ。
それが何故、こんなにも鬱々とした空気が立ち込めているのか。

大広間に入る事を躊躇し、襖の間からそっと顔だけ覗くと畳に瀕した石切丸、にっかり青江に太郎太刀、次郎太刀の姿を確認し、そのまま大広間をぐるりと視線だけ一周させ―――原因を見付けた。
・・・見付けて、しまった。


「ふふふ・・・ああ、根の国であの方が呼んでいるわ・・・」

ゆらり、ゆらり。

双頭薙刀、散華。
彼女は酒を飲みすぎるとかつての主、お市と同様後ろ向きな思考を持つようになる。


「これも全て、わたくしの所為ね・・・。
ああ、あの方も信長公も根の国で手招きをしているわ・・・所詮、人は屍の上でしか生きられぬが運命というものかしら・・・」


ゆらり、ゆら、り。


織田にいた頃。
鶴丸国永と散華は初めて邂逅した。

持ち主が女性という事もあったのだろう、女性の付喪神を見たのは彼女が初めてだった。

烏の濡れ羽色の髪。
黒曜石をそのまま嵌め込んだような双眸。
闇に、夜にそのまま溶け込んでしまうかのような存在。

鶴丸が新雪に溶け込みそうだと例えられる事はよくあるが、現在進行形で酒を優雅に飲む彼女も同じだ。
灯りが無いところでは彼女は容易く闇に溶け込めるのだから。


「やれやれ・・・御神刀の石切丸達をこうも容易く意識を飛ばせるとは・・・」


・・・此処でようやく、鶴丸は大広間に足を踏み入れた。

意識があるのは幸か不幸か散華のみ。
青江達は酒が回ったのか彼女の気に当てられたのか不明だが全員伸びてしまっている。


ゆらり、ゆらり。


『闇』の婆娑羅が制御しきれていないのは酒の力もあるのか。
鶴丸も倒れている彼らと同じく御神刀だった事もあり、然程影響は受けていないが彼女が本気を向けたら恐らくひとたまりも無いだろう。
・・・石切丸達もそれぞれ力の強い御神刀だったと認識しているが、多分酒にやられただけだと思いたい。切実に。


「―――其処等辺にしておけ、散華姫」
「・・・・・・だぁれ?―――様・・・?」
「いや?
君に恋焦がれてやまない、君の唯一になりたい、ただのしがない男で一振りの刀さ」

酒に弱いのか、彼女の周りには酒瓶は一つも転がっていない。
酒臭さもそんなに感じない事も踏まえてどうやらそんなに量は飲んでいないらしい。
ただし、いつもは雪のように白い頬は火照っている上に酒が入った杯を取り上げる為に重なった掌は熱い。

・・・ああ、駄目だ。駄目だぜ散華姫。
君の元主と同様、君の容姿は傾城級なんだ、そんな熱が籠った目で男を見たら絶対に狂う。
俺がそうなんだ、きっと他の男もそうなるに決まっている。

「・・・鶴丸さま・・・?」
「ああ散華姫。俺は鶴丸国永だ。
もっとその声で俺を呼んで、囀ってくれ」

こつん、と二人の額が重なる事で鶴丸の銀髪と散華の黒髪が交わる。

酒が入った杯を余所にやり、鶴丸は彼女の細い腰を引き寄せると、音もなく大広間を後にする。
目指すは自身の部屋。

儚く、力が無さそうな容姿に見えて筋肉はしっかりついているので散華一人抱きかかえても全く危うさが無い。

一方鶴丸に比べて力のない散華は容易く鶴丸の腕の中に納まったまま。
正常な思考回路ではない事もあり、抵抗らしい抵抗もない事に鶴丸は微笑した。


いつも妹のように可愛がる長谷部も、遊んでくれとせがむ短刀達もこの場にはいない。
つまり邪魔する刀剣達は今はいないし、主も彼女が嫌でなければ好きにしろという許可も貰っている。

という事は後は自分に彼女の好意を向けさせれば良いだけの話だ。

其処まで考えたのと目的地に到着したのはほぼ同時だった。
襖を開けて颯爽と中に入ると鶴丸は散華を壊れ物を扱うが如く、慎重に自身の膝の上に彼女を下ろした。


「・・・鶴丸、さま?」
「散華姫、・・・君の心は今、何処にある?
どうすれば俺にその心を預けてくれる・・・?」

そっと手の甲と瞼に口付けを落とす鶴丸。
第三者から見るとそれは神聖な儀式にさえも見える。

「ふふ・・・わたくしなんかに鶴丸様は勿体無いわ・・・」
「そんな事は無いさ。
・・・第一、それを決めるのは君でもましてや周りの奴らじゃない」
「もっと良い付喪神がいる筈なのに変わっているわね・・・」
「俺は君が良いと何度も言ってるんだがなぁ?」
「・・・口がお上手ね鶴丸様・・・。
お市様も長政様に嫁いだ時、こんな気持ちだったのかしら・・・」

くすくすと笑う彼女に鶴丸も釣られて笑い出す。

「話は戻るが・・・勿体無くなんて無い。君に届くまで何度だって言おう。
それにそれを勝手に決められるのはいくら君でも感心しないな。
俺は君が良いから傍にいるんだ。他は知らない」

長い黒髪を払い、白い首筋に唇を寄せる。
びくりと震える彼女に気を良くした鶴丸は口角を上げたまま、無防備に晒された首筋に口付けると同時に赤く咲く花に鶴丸は彼女に気付かれないように深く笑う。


―――どうか、君も早く此方に堕ちてこい。
俺に溺れるだけでなく、俺無しではいられない所まで。

フライングで鶴丸さんと名前だけ登場の御神刀達。
主人公はお酒が弱い。後酔ったら闇の婆娑羅が解放されたりお市化して魔の宴になるので銀時と刀剣達の間で飲酒禁止令が出るようになります。
ちなみに主人公はその間の出来事を覚えていないので首を傾げるという。


20151121