白百合咲く頃、鶴ぞ鳴く | ナノ
改めて説明の場所を設けられ、其処で聞きたいことの大半を聞いた薬研はその幼い顔に思わず唸るような声を上げた。

「・・・なんというかそれは・・・」
「一応言っておくが俺の事は気にしなくて良いぞー」

気だるげに、ぶっきらぼうに。
わざとそう言っているのかまでは分からないが薬研は何となく、己に気遣ってくれているのだと感じ取る。
ただ会ったのが間もない為断定はしかねるが。

「つか本当に俺なんかで良いわけ?
散華にも言ったが俺はいるかどうかも分からねーカミサマに願った事も祈った事もねェ。
カミサマどころか人間一人さえ救うのだってままならない俺を主にしたいだなんて、お前もアイツも酔狂だな」

何処か自嘲気味に笑う主に薬研は一瞬言葉が出なかった。

悲しい、寂しそうに蔭る赤い双眸。
許せない、だけどこの身に刃を突き立てる事は許されないのだと、そう言外に告げる主に薬研はこの時直感した。
根拠はない。むしろ理屈ではなく本能でそれを感じ取る。


―――この男は死に場所を求めているのではないか、と。


だからこそ何処か哀愁を、陽炎のような実体のない何かを、浮雲のような危うさを全身で感じるのか。



  ■■



「―――散華の姫さん」
「・・・貴方が此処に来たという事は挨拶はすみましたか、薬研」

烏の濡れ羽色の髪を風に遊ばせ、干してあった着物を取り込む散華の表情は憂いの色があった。


元主に殆ど瓜二つな、薄幸の色が強い付喪神。

『慟哭』『薄命』『別離』『絶愁』『薄幸』『呪恨』『落闇』。
いくつもの双頭薙刀がかの主、お市に捧げられたが、お市が一番愛用したのはこの薙刀だった。

一番長くかの主と時間を過ごしてきた付喪神。

じわり、じわり。
自身と目の前の付喪神を照らす太陽によって出来た影にふと薬研は視線をずらす。

其処には影とは別の、もっと異質なナニカがゆらりと陽炎のように蠢いている。

「!」

―――触れたら、きっと引きずり込まれる。
そしてそれは、薬研と散華、二人の元主が秘めた力と同じ気配。


「っ姫さんまさか、」
「―――薬研にはやはり気付かれますか。
ええ、わたくしは刀派も刀工も不明とされていますが、かの婆娑羅者御用達しの刀工で生み出された薙刀。
そしてお市様も婆娑羅者。・・・より馴染みやすかったのでしょう。
今のわたくしはあの方々と同じ能力を引き継いでいます」

じわり、じわり。
ゆらり、ゆらり。

「・・・この事、大将は知ってんのか?」
「いいえ。一度に全てを知ってしまわれるのは負担かと思ったので。
ですがいつまでも隠しておけるものでもないのは重々承知しています。
いずれお伝えします」

空気が僅かに重苦しいのは決して気のせいではないだろう。
散華の持つ力、闇の婆娑羅の影響だろう。

婆娑羅者にとって名の知れた、だが謎に包まれた刀工によって作られた刀剣は数多いが、実装された刀剣男士の中で婆娑羅の能力を持つ者はいない。

研究によって生み出されたとはいえ未実装なのはその為。
『闇』の婆娑羅を持つ刀剣女士など、異例中の異例。

彼女にとって一番の幸いだったのは主となった坂田銀時がブラック本丸になる可能性が殆ど無いという点だ。


「念の為お聞きしますが、薬研は婆娑羅の能力はありますか?
貴方はお市様の兄君の刀。
ならばわたくしとあの方々と同じ『闇』の婆娑羅があると思うのですが」
「いや残念ながら無いな。
俺っちは粟田口の刀工から生まれたんでな、前の大将から婆娑羅の能力が移ったというわけでも無さそうだ」
「・・・では本当に政府の役人が言った通り、婆娑羅を扱えるのはわたくしだけという事ですか」

寂しそうに、ぽつりと呟いた言葉。

それに慰める事無く薬研は首をわずかに縦に振る。

「ああ。
あくまで推測の域だが・・・刀工が婆娑羅者御用達しでなければ、婆娑羅の力を持つ事は無いだろうな。
そしてそれに該当する刀剣は多分姫さんだけだ」
「・・・そうでしょうね。
政府の人達はこぞって目を輝かせていましたから」
「だが俺っちは婆娑羅の能力を持っていないがそれでも織田の刀。
姫さんと同じ時代を生きた、薬研藤四郎がいる。
それじゃ不満か?
何なら大将に頼んで長谷部の旦那達を鍛刀して貰うかい?」
「・・・その聞き方はズルいですよ、薬研。
というより長谷部も顕現できるのですね」
「知らなかったのかい?」

きょとり。
大人びた少年の菖蒲色の瞳が僅かに丸くなったのを見て散華は『闇』の婆娑羅が潜んだのを感じ取る。
・・・きっと気が抜けたからだろう。

「ええ。
わたくし、顕現されてからは検査ばかりだったので。
誰が顕現出来るのかは知らないのです」
「・・・悪い、嫌な事を思い出させた」

しまった、と罰が悪そうな顔をして謝罪をする薬研に今度は散華が目を丸くする。
その反応は想定外だ、とでも言うように。

「・・・大丈夫ですよ、気にしていません」

そう言って笑った散華の姿は薬研の目にはやはりお市と被って見えた。


―――やはり、刀と言えど主に影響を強く受けた付喪神は少なからず容姿は似てしまうものらしい。



薬研と主人公のお話でした。
ところで次の刀剣男士は誰が良いですか?(カッ


20151115