アイのシナリオ | ナノ

「・・・にーに、」

「・・・遥」

「にーに、またお仕事?」



そう問うた幼い子供に赤毛の少年は一瞬息を呑む。
それを見透かしたように、遥と呼ばれた少女は更に言葉を紡ぐ。


「にーに、遊んで?」


遠い、遠い昔の話。

哀れなオオカミ兄妹の、小さな物語。



  □□



なんだかんだで快斗の献身的な看病の甲斐があってようやく回復した遥は現在、六法全書を斜め読みしていた。


(・・・子供の頃に散々読んだものだし、やっぱりすぐに読み終わるな・・・。
絵本とかあると良いんだけどまあ流石にそれは・・・・・・うん無いね)

流石に高校生にもなって絵本が置いてある家などあまり無いだろう。
遥は僅かに嘆息しつつ、六法全書を徐に元あった所に戻し、暇潰しになるような本がないか目を走らせる。


遥はいつから習慣化されたのか分からない位昔から絵本代わりに法律関係の本を読んでいた。
そんな日常を常とした結果、ほぼ全ての法律を網羅した現在においては幼少時代の反動か専ら絵本を読む事が彼女の趣味であり、そんな彼女に絵本を読み聞かせるのが兄の役目だった。


(・・・・・・)


赤毛の兄の背中を思い出す。
思えば最近兄を見る時はいつも背中だけだった気がする。


「・・・にーに」


こんこん、


「!」
「おーい入るぞー」

軽快な音と共にドアが開く。
それと同時に姿を見せたのは遥と同じ年頃の少年だった。

「っておい病み上がりなのに勝手に起き上がるんじゃねーよ、風邪ぶり返すぞ?」
「だって暇なんだよ。
いくら何もしないのが大の得意な私でもこうも続くと流石に・・・」

少年の忠告も何のその。
遥はいけしゃあしゃあと生気が感じられない声音でそう嘯く。


「あーはいはい。とにかくとっととベッドに戻って名前身長体重と・・・3サイ」
「ねえそれ関係あるの?」

より冷めた視線が少年を射抜く。
その視線に一瞬少年もとい黒羽快斗は怯んだ。

冷たい苺色の瞳に何とも言えない感情が沸き起こる。


―――因幡遥と黒羽快斗。

二人が出会ったのは二日前。
会話らしい会話が出来たのは今日やっとの事。

だが二人の中で圧倒的な差があった。
遥は彼の情報を殆ど知っているのに対し、彼はその逆で殆ど何も知らないのだ。


例えば名前。
例えば年齢。
他に身長体重血液型は勿論その他のパーソナルデータにある程度の記憶さえも。

だけど彼女はそれを口にする事はなかった。
代わりに口にしたのは実際に見た事実。


「・・・私の事調べたんでしょ?何か分かった?」

気を失う直前に見た、白い罪人。
不敵な微笑を浮かべていたと思っていたのだが今思い返せば僅かに動揺の"声"が聞こえたような。


「・・・」
「な、なんの事だよ?」
「・・・動揺を隠せてないよ。座右の銘は何処に行ったの?」

咄嗟に出た否定も無意味だった。
快斗としては案外熱で意識朦朧としてそのまま記憶も消去されていて欲しいと願っていたのだがそうは問屋が卸さなかったようだ。

・・・まあ人生そう甘くはないか。

確信の色と断定の言葉に快斗は冷や汗を一筋流し、ひたりと白い少女を射抜くように見る。


「・・・まあ、何にしろ借りがあるから通報はしないけどね」


第一通報なんかしたら私の身元がバレる可能性だってある。
兄が私の髪を使ってデータを得ようとしても無意味なのは前回で想像が出来る。

・・・まさか三日三晩熱で意識が朦朧として魘されるとは思わなかったけど。


はてさて今もなお"私"の事情を知らない彼にどうやって説明しよう。

私のデータは恐らく"彼処"で管理されている。
セキュリティどころか存在すらも闇の中なので名前を知っている人間が果たして何人いるのか。

遥は口先と手先だけは鍛えられてきたが、果たして彼を口八丁で丸め込めるかと思いつつも口を開く。


相手はIQ400の天才的頭脳の持ち主で頭の回転が何より早い。
だけどそんな事は関係無い。

いかなる天才だろうと私の能力の前には思考なんて無意味なのだから。


子供らしからぬ面(無表情、感情の起伏が薄い等)とそうでは無い面(絵本を読む等)というちぐはぐした主人公を書くのは楽しいと気付いた瞬間。

20151107