アイのシナリオ | ナノ

4月19日

横浜港から出航するQ.セリザベス号船上にて
本物の漆黒の星をいただきに参上する

―――怪盗キッド


そう書かれた予告状に遥は沈黙し、静寂を保ったまま。
永遠かと思われたその無音の空間をソプラノの声で切り裂いた。


「・・・ふーん。
予告状に『本物の』と書かれている所から察するに博物館に展示されているものは偽物。
鈴木財閥を挑発させて本物の漆黒の星を持ってこさせる為にこの予告状を用意した感じかな」
「・・・・・・すげーな遥、オメーホントに何者?」
「ただの家出人」
「いやただの家出人が法律全部網羅しているわけねーだろ」
「じゃあ育った環境に問題があったんじゃない?」
「・・・日本の刑罰の分類は三つあります。生命刑、自由刑、後一つは何でしょう?」
「財産刑」
「即答じゃねーか!普通の女子高生は答えられねーよ!」
「さあ、何でだろうね」
「・・・オメーにまともに答える気がねーのは分かった」
「それはどうも」

のらりくらりと交わす言葉。
口先と手先だけは鍛えられてきたのだ、真意を悟られるわけにはいかない。

―――自分の事を話すにはまだ足りない。

信用も時間も情報も。
何一つ、足りているものなんて無いと遥はぼんやりとそう考えた。


真実を知ればきっと皆離れていく。

過去の経験から遥はそれを知っていた。
だから彼女は口を割らない。本当の事を話さない。

言えば最後、この夢は醒めてしまうのだから。



「・・・そういえばこの日付って確か鈴木財閥五十・・・いや六十周年記念のパーティーと同じ日じゃなかったっけ?」
「(話すり替えやがったな)
そーそー。それに合わせて盗む予定だよ」
「ふーん。
キッド得意だものね、人に紛れて自分のペースに持ち込んでいつの間にか盗むの」
「お褒めに預かり光栄ですよお嬢さん」

四月十九日。
どうせなら次の満月の夜に犯行予告日にして欲しかったがそうはうまくいかないか。

遥は乏しい表情の下でそんな事を思いつつ、代わりに口にしたのは別の言葉だった。


「・・・まあ快斗がどんな手口で盗もうと私は興味無いけどひとつ言っておく。」
「え?」
「ドーベルマンには気を付けてね」

ドーベルマン。
漢字に置き換えたら警察犬なのだが、まあ意味は置いておこう。


「・・・ドーベルマン?」
「・・・・・・」


真実を話すつもりはない。
だけど代わりに真実の欠片を手渡そう。
その単語だけで見事、全てを知ったのなら。
―――その時は。


遥はルビーの双眸を覆い隠すように、固く瞼を閉ざしたのだった。



  □□



遥は"音"の洪水に溢れた街中を通り過ぎ、とある港に行こうと足を。

(あー色んな声が混じって気持ち悪い。
早く帰ってホットミルクを飲みたい快斗の声を聞きたい追い詰めて裏声を聞きたい)

無表情の下で末恐ろしい言葉を呟いたのと同時刻、快斗の背筋に謎の悪寒が走り抜けたのだが、彼女はそれを知る術は無い。

今日は四月十九日。
キッドが漆黒の星を盗むと犯行予告した日であり、快斗が家にいない日でもある。


「・・・横浜港は此処か」


こつん。
靴音を小さく鳴らし、遥は来るつもりが無かった港を前に深々と溜息をついた。

・・・なんでこんな事になったんだろう。


現在の日本警察において"警察犬"を所有しているのは兄だけであり、快斗もとい怪盗キッドが髪の毛一本でも現場に落とせば即アウト。
願うのは兄が捜査依頼されていない事だ。

何せ兄の手にかかれば怪盗キッドの正体がバレる上に自分の事も感付かれる。
それだけは絶対阻止しなければいけないのだが・・・。


「・・・・・・ん?」
「因幡遥さんっスか?」
「・・・誰」

不意に向けられた視線に遥は真っ向から見返す。
いきなり名前を言い当てた相手も視線を逸らす事無く真っ直ぐに此方を見ている。

「いきなり話しかけてすみません!
自分達は貴女と同じなんス、だから警戒しないで貰えると助かるっス!」
「・・・同じ」

遥の視線の先にいる黒髪の男女は対照的だ。
主に話しているのは長い黒髪の少女で、反対に一言も話さない長身の青年。
二人共、自分とそう年齢は変わらないだろう。


遥はす、と紅玉を細めると同時に"能力"を発動させた。


「・・・用件は」
「話が早くて助かるっス!
―――迎えに来たんス、因幡遥さん。
自分達の組織、野羅に勧誘しに来ました」


偽りなきその声に遥の瞼が一瞬伏せられた。


ようやくこの二人も参戦しました。
名前は伏せましたが正体はもう皆さんお分かりでしょう(笑

20160306