「・・・とりあえず聞いておく。
快斗、生きてる?」
「・・・眠い」
回答が微妙にずれてる。
遥は小さく嘆息し、毛布を引っ張り出す事にした。
無論。自分の身体の事を考え、一番負担が掛からない毛布をだ。
「世間一般では春休みとは言え・・・」
多少無茶しても響かないだろうが限度はある。
尤も、自分にとっては春休みどころか長期休暇なんて無かったけれども。
「・・・にーに今頃何してるだろ」
私の事なんて忘れて仕事に明け暮れているのだろうか。
怒っているのか、探してくれているのか。
それさえも分からない距離に遥の目が鋭くなったがそれも一瞬のこと。
・・・どちらにしても私の事で頭が一杯になっていたらそれで良い。
『遊んで』
『にーに、遊んで?』問いかけた声、返された言葉は何だっただろうか。
□□
「・・・・・・」
これ、どういう状況?
リビングで眠っていた快斗が目を覚ましたのは帰宅してから三時間後の事だった。
まず視界に映ったのは天井。
次に感じたのは腹部の圧迫感で、一体何があるのかと無防備に視線をずらせば、其処には先程の自分同様眠ったまま動かない白髪の少女―――遥がいて。
咄嗟に声を上げなかった自分を褒めて欲しい。
とりあえず遥を起こさないように上半身を起こすと彼女の周りには絵本が何冊か床に散りばめられている。
見た目自分とそう変わらない筈なのに嗜好が子供めいていてちぐはぐしているのは見ていて面白いと思う。
まあ自分も人のことは言えないが其処は置いておこう。
だけどその一方で法律関係は完全に網羅しており、この前のクイズ番組でかなりマニアックな法律の問題が出ても即答で答えるというその偏りのある知識は一体どんな生活をしてきたのか。
悪い奴ではないと思う。
ただ彼女が一体何者なのか、その一点において悩ませる。
彼女もその兄も何一つ情報が入って来ない。
正直、今までの仕事より最難関である事には間違いない。
何せ此処まで情報が無かったことは一度も無かったのだから。
「なーお前ホントに何者なんだよ・・・」
快斗はそうぼやきつつ彼女の髪を梳く。
その髪は悔しい位指通りが良かった。
もしかしたらこれも毛フェチの兄による賜物なのかと思ったら、心の底で何かが溢れ出てくる。
正体不明のそれに快斗は名前を付ける事が出来なくて。
「・・・遥」
「―――快斗・・・?」
切なさとほんの少しの愛しさを織り交ぜたような声に遥の紅玉が姿を現す。
元々聴覚が良い彼女なので"能力"を酷使した後でなければ大概は少し物音で目がさめてしまう方だ。
そんな彼女の耳に、彼の内側の"声"が不意に聴こえた。聴こえてしまった。
答えるのは簡単だ。
だけど今は伝える気はない。
彼は優しいと思う。お人好し、もしくは人が良いと言って良い。
もし自分の事を知った時、彼はどんな反応をするのか。
遥はそうなった時の事を想像し―――全く思い描けなかった。
驚くとは思う。だけどその後が分からない。
拒絶するだろうか。屈託なく笑って受け入れてくれるだろうか。
何にしても、この温もりを手放せない自分がいる事に遥は気付かないふりをする。
そうして代わりに言葉にしたのは彼の副業の事。
「・・・どうだった、下見の方は?」
「―――ああ、ちょっと厄介な奴がいそうだ」
「ふーん」
「あ、勘違いすんなよ?怪盗キッドはそう簡単に捕まらねーし」
「その油断が命取りになる事もある。
そんなんじゃいつか足元を掬われるよ」
「へっ」
ぐ、と伸びをする遥の台詞に快斗は耳半分で聞き流す。
彼女が横目で見ると案の定、彼は不敵な笑みを浮かべており、其処には過信した態度しか映らない。
(・・・ま、案外いい薬にはなるかな。
荒療治だけど彼には必要だろうしね)
そんな彼女の心模様を快斗が知る術は勿論ある筈も無く。
こうして運命の日を迎える事になる。
殆ど原作に触れない主人公。
所詮我が身が可愛いという事もあるでしょうが、一番の理由は「動きたくない」の一言に尽きる。
20160110