企画 | ナノ

!時間軸:王都上陸!龍蓮台風



「龍蓮、文を受け取っていたようだったけど何だったの?」
「・・・愚兄達から国試を受けろと」

あまり表情が変わらないというのが兄達の言葉だがとある少女の前ではそれなりに感情を表に出すのが龍蓮の特徴だった。

実際、金髪常磐色の瞳を持つ少女―――名前の前では釈然としない表情を浮かべている。


「そう・・・じゃあ時期的にそろそろ州試が始まるからお別れかな」
「断固拒否する。名前と別れるなど冗談ではない」

ばっさりと切り捨てた龍蓮に名前は苦笑する。
懐かれるのは嬉しいが、彼にも自身にもそれぞれ事情というものがある。

彼の兄の意図はどうであれ、名前はその内容には賛成だった。
名前は龍蓮の世界をもっと広げる為にも人と関わらざるを得ない場所に彼は行くべきだと前々から考えていた。


―――龍蓮の世界には家族以外では名前しかいない。
それが非常に危ういという事を彼女は正確に把握していた。

もし。万が一。
その唯一の存在である名前に何かあった場合、彼は取り乱して我を、"自分自身"を忘れてしまったら。

その時こそ叱咤し、道を指し示してくれる誰かが必要だ。
だがしかしその誰かが極端に少ないというのは流石に問題だろう。
だからこそ名前はその文の通りに送り出そうとしているのだが。

相手は藍龍蓮。天つ才の持ち主。
一筋縄ではいかない相手に名前は頭を悩ませた。



  ■■



『・・・・・・分かった。仕方がない。
よくよく考えてみれば兄達ではなく名前の頼みだと思えば断然其方の方が気分的に良い』
『・・・いやその言い方もどうかと思うけどね、私としては』
『確かに名前の言う通り、藍州に一度戻った方が良いのだろうが・・・名前。
約束して欲しい』


いつもの変人奇行っぷりは鳴りを収め、龍蓮は真摯な瞳で名前を射抜くように見る。

『?』
『私は兄達の約束通り国試を受ける。
国試が終わるまで淋しいだろうが王都で待っていて欲しい』
『・・・龍、』
『忘れないでくれ。私はそなたを愛している事を。
・・・まあ殆ど無きに近いが、どれだけ時間が掛かろうと私は必ずそなたを見付け、迎えに行く』


まるで一種の儀式のような神聖さをこの時感じ取る。
それに気圧され、体が硬直した名前を龍蓮は掻き抱くように抱き寄せる。

初めて出会ってから七年、その間に龍蓮はようやく彼女を抱き潰さない力加減を覚えた。

七年という月日は幼子が大人に変わるには十分な時間だ。
現に龍蓮も名前も年頃の年齢―――十七歳になった。
精神も身体も、初めて会った時よりも大人に近付いた。

彼女はその事に一瞬狼狽するも、彼の言葉に対して頷いた。


『―――うん。王都の何処かにいるから、ちゃんと迎えに来てね』


彼が約束を違えた事など、一度もなかった。
少なくとも、彼と旅を始めた七年間は。





回想終了。

「・・・・・・」

名前は何故あんな恥ずかしい事を言ったのかと無言でのたうち回っていた。

恥ずかしすぎる。今なら羞恥で死ねる。
白い肌は朱色に染まり、常磐色の瞳は羞恥で潤んでいる。
場所が場所だけに、今の名前を見たら襲いかかられる位、扇情的な姿だった。


「名前、なんて顔をしているんだい?」
「・・・胡蝶姐さん」

彼女がいるのは恒娥楼。
その中の一室にて名前は趣味の二胡の腕を売り、妓女の衣装を纏いながら楽士として働いていた。

ちなみにこの事が龍蓮にバレたらややこしい事になる為、彼女は誰にも話す事はなかった。


「今日の仕事はもう終わったから良いものの、あまり気もそぞろだと音にも影響する。
アンタ程の腕ならそんな事分かってるだろうに」
「あ、ははは・・・」
「で?名前のその顔から察するに男関係だとアタシは睨んでるんだけど当たっているかい?」
「!?」
「・・・おや図星のようだねェ」
「こ、胡蝶ねえさっ!違っ」
「何が違うのさ。ああ安心をし、名前。
この事は秀麗ちゃんには黙っててあげるからさ」
「だから違うんですってばあああああ」

豪快に笑う胡蝶に名前は呆気無く撃沈した。
そもそも胡蝶は名前より遥かに年上で人生経験もかなり上手だ。
故に最初から彼女に敵うはずが無いのである。

「二胡姫を誰が落とせるのかって話題になっていたけどもう相手がいるんじゃその男以外落とせる筈も無いか」
「違います!!」
「随分必死じゃないか、それじゃ図星だって言ってるものだよ二胡姫」
「うぅ・・・もう良いです。後姐さん、そのあだ名止めてくれませんか。恥ずかしいです」


二胡姫。
正しくは『傾国の二胡姫』となっているが、その異名は名前を指している。
勿論これを知っている人間は数少なく、かの"藍家の若様"も知らない事実である。


「そうかい?この上なく的確だと思うんだけどね」
「いいえ!噂だけがひとり歩きしている今、いざ本人を見てみたら『なんだこんなものか』って鼻で笑われるのが目に見えています!
姐さんみたいな美人ならともかく私ですよ!?
というより絶対かの伝説の『傾国の琵琶姫』にちなんだあだ名なんでしょうけど恐れ多いです!」
「・・・ちょいと名前落ち着、」
「わあああああ」
「・・・・・・」


羞恥やら混乱やらで取り乱した名前に軽く嘆息した胡蝶。

眠らない夜の街に深い藍の帳が包まれる。
奇しくもその日は国試終了を告げた日であり、かの藍家の末の若君が早速彼女を探しに行こうとした日でもあった。


勿論、たった一夜にて下街の賭博場が地獄絵図に様変わりする事になるなど、この時誰一人とて知る事はなかった。



  ■■



何処にいるのだろう。
もうあれから半年近く会っていない、常磐色の少女。

龍蓮が恋焦がれているその少女は彼と同じ恒娥楼の一室にいた。

「え?機能停止?」
「その通りさ。今からその原因の孔雀のぼーやにちょいとお灸を据えてくるよ」
「・・・」
「そんなわけだから名前は奥の方に隠れておいで」
「え?ま、待って下さい姐さん、今なんて」
「じゃあね」

「ねっ姐さん?今確かに孔雀って」

颯爽と去っていった胡蝶を半ば茫然と見送ってしまった名前は事実を究明するまでに多少時間を要したのは言うまでもない。




―――龍蓮がいるのは恒娥楼の一角である。
勿論彼以外にも秀麗、影月、楸瑛、胡蝶含む親分衆もいる。

龍蓮が起こした騒動にようやく終止符を打った。
戦利品である秀麗の父仮面にわなわなと受け取った秀麗の手は依然震えている。

「う、・・・う・・・」
「しゅ、秀麗さん・・・」
「影月君、私これを持っているだけなのに何かを吸い取られてるような気がするわ・・・」
「・・・・・・」

さあ帰ろう。
そんな空気が流れたのも一瞬、何やら廊下が騒がしい事に気付いた。


「っ待って下さい二胡姫!」
「二胡姫止まって下さい!!」
「えーいっ止まれる訳無いだろ!良いから其処を退いて!!」
「二胡姫!」


どったんばったん。
そんないくつもの音に混じってトアル声に龍蓮ははっと顔を上げる。

―――今の声は。

聞き覚えのある声に常磐色の少女の名前を口にするのと扉が壊れるのではと思う位大きな音と共に少女が姿を現したのは同時だった。

―――金色の長い髪が揺れ、常磐の瞳に怒りの色が灯っている。

「全く!一体全体何やってるんだ君は!!
予備宿舎に行ってちょっとは何かを掴んでくれると思ったのに相変わらずじゃないか!
行く先々でよくこんなに珍騒動を起こせるね、最早尊敬の域だよ!」

かっかと遠慮なく矢継ぎ早に怒る少女の矛先は勿論元孔雀もとい龍蓮だ。
突然現れた妓女姿の名前に友人の秀麗は手元の仮面の事も忘れ、茫然と見つめたまま。
当然、言葉が咄嗟に出なかったのは楸瑛や影月、果ては胡蝶も同じだった。

「っ名前!やっと見付けたぞ!
否それよりもその格好はどうした!何故妓女姿なのだ、はっ、さては何か諸事情により身を売ったのか!
ならば私が藍家全財産を叩いてでもそなたを取り戻して、」
『!?』
「(しまった怒りに忘れて今の格好の事忘れてた)ええええっと、これはその」

名前の動揺とは別に秀麗達にも動揺以上の激震が走った。

今なんと言った。
藍家全財産を叩いて、とかなんとか言わなかったか。
文字通り、藍家全財産なれば人生を何十回とやり直せる金額だ。
それをたった一人の少女の為に投げ打つと言い放った龍蓮はなんて事はない、ただの男だ。


「ちょ、ちょっと待って龍蓮!
名前これは一体どういう事!?」
「え、秀麗?」
「まさか名前殿が龍蓮と知り合いだったとはね・・・」
「あお久しぶりです楸瑛様、・・・影月君も。
青巾党以来です・・・ぐぇっ」

ぎゅうぎゅうと抱き潰さんばかりの力で龍蓮は名前を抱きしめる。

「名前に話しかけるな愚兄。名前が汚れたらどうしてくれる
「兄に向かってなんて事を言うかなこの愚弟」

兄弟喧嘩が静かに勃発する中、名前は沈黙していた。

・・・どうやって落ち着かせよう。

名前は思わず頭を抱えたくなったがそれも龍蓮に抱きしめられている所為で出来そうに無い。
ぐさぐさと突き刺さんばかりに向けられる視線を辿ると其処には困惑を貼り付けた秀麗と影月がいて。

名前は乾いた笑みしか浮かべる事しか出来なかった。

  龍の寵愛をその身に受ける月の物語

全然リクエストに添えていない、だと・・・!?
龍蓮が偽物になってる気がする。全然龍蓮節が出ていないもの。
とりあえず裏設定は色々あるんだけど、またちゃんとしたものをupします。

企画に参加して頂き有難うございました!

20150613