企画 | ナノ

「お願い名前!今から俺と一緒にショッピングモールに行くのに付き合って!!」
「え!?い、いきなりどうしたの若松君!?」

野崎名前と若松博隆は同中にして元クラスメイトだ。
そして名前の兄、野崎梅太郎の後輩でもある事から若松の中で同年代の女子の中では一番仲が良いと思っている。

・・・ちなみに若松が名前の事を名前で呼んでいるのは、単純に彼女の兄と区別する為でもあるのだが一見すると恋人同士かと勘違いしてしまう人は少なくない。
その事実に気付いているのは梅太郎位で、当の本人達は一切気付いていなかったりする。


「ご、ごめん・・・いやその前に名前、演劇部の合宿に行くって堀先輩に聞いたんだけど本当なの?」
「?うん、部長の堀先輩が良いって言ってくれたし・・・あ、でも全く知らない人だらけじゃないよ!
兄さんに千代先輩や御子柴先輩も行くって言ってたし!」
「そ、そうなんだ・・・(ごめん名前それ知ってる)」
「若松君は?行かないの?」

にこにこと柔らかく笑みを向けてそう問う友達に若松ははっと我に返る。


そうだ、名前は陽泉高校。
という事はあの瀬尾先輩と一緒にいたイケメンの人とはなんの関わりも無い可能性が高い。
ならば第三者目線でのアドバイスもくれる筈だ!

「行く、・・・けど・・・あのさ名前」
「うん」
「さっきも言ったんだけどちょっとショッピングモールに付き合ってくれない?」

妙に憔悴した表情でそう告げた若松に名前は一瞬、動揺の色を見せるもすぐにこくりと頷いたのだった。



  □■□



「・・・で此処で水着を買う約束しているのを校舎内で見たと」
「うん」
「一つ聞くけどその瀬尾先輩の事をなんで若松君が気になるの?
もしかして好きな人とか、」
「はあっ!?」
「(違うんだ・・・)ご、ごめんね」
「そんな甘いものじゃなくて!
瀬尾先輩は最近バスケ部に乱入してきては俺ばっかりボールぶつけてくるんだよ!」
「え!?」
「それに何故か休憩時間まで絡まれるしパシられるし肩もまされるし俺だけ荷物持ちさせられるし!」
「うんうん」
「そのままファミレスまで連れてかれるしご飯を奢られるし!」
「うんうん・・・うん?」
「俺にだけお土産買ってきてくれるし!!」
「う・・・ん・・・」

涙ながらに語る若松に最初は相槌を売っていた名前だったが途中でなにか違うものが混じってきた事に気付いた。


・・・若松君、その人に気に入られてない?

そう思いながら名前は件のショッピングモールに出かける準備を始めたのだった。



  □■□



「えーととりあえず千代先輩を探せば良いの?」
「あ・・・そっか名前、瀬尾先輩の顔を知らないんだっけ」
「うん。だから千代先輩を・・・」

きょろきょろと辺りを見回す名前に若松は安堵の息をつく。
最近荒んだ時間が多かったからか、身長的にも仕草的にも小動物っぽいところがささくれだった心を癒してくれるので名前の存在は非常に有難かった。

「名前・・・!俺名前と出会えて良かった・・・!!」
「うにっ!?」

仰天する名前を他所に若松は感動のあまり更なる爆弾を投下した。

「名前の隣りって落ち着くなあ・・・」

思考が凍り付いた名前なんて若松の目には入っていないらしい。

だがしかし。
若松の輝いた笑顔も、とある少女の声に凍り付いた。


「おっ若ーーー!!」
「っっうわああああ瀬尾先輩いいいい!!(見付かったぁああぁあぁああ!!)」

「っ名前ちゃん!?(なんで若松君と一緒!?)」
「千代先輩っ?」
「えこの子達誰なの千代ちゃん?」
「え?えーっとこの子は、」

鹿島が千代にそう問いかけた時、若松と結月の方ではややこしい展開になっていた。


「おい若、誰だよその女」
「っ名前、此処は俺に任せて逃げて!」
「え!?何言ってるの若松君!?」
「名前にもしもの事があったら俺、野崎先輩に顔向けが出来無い・・・!!」


「何で其処で野崎の名前?千代ちゃん何か知ってる?」
「え、えーとちょっと待って鹿島くん!
後若松くん落ち着いて!そんな事言われても名前ちゃん困っちゃうよ!」

青褪めた顔で若松は名前を庇い、立ち塞がられている結月は非常に面白くなさそうな顔で名前を見ている。

何処からどう見てもただの修羅場で三角関係にしか見えなかったのは言うまでもない。

千代、結月、鹿島と名前、若松の五名にとってこの瞬間がファーストコンタクトとなったのだがこれ程こじれた出会いがあっただろうか。
―――否無い。



  □■□



「へー野崎の妹ねー」
「よ、よろしくお願いします」
「おお、こっちこそよろしく」

ぺこりとお辞儀をする名前とあっけらかんとした表情で見る結月。
若松は最初、結月が自分と同じような扱いを受けるのではと戦慄していたがそれはどうやら杞憂で終わったらしい。

彼女は自分の都合で巻き込まれたというのにこれ以上何かしらの被害が出たら、流石に友人といえど限界が来るに違いない。
ましてや名前は女の子で自分が尊敬するバスケ部元主将の妹。

一番の友人に縁を切られたなんて事態に陥ったら最低一ヶ月は落ち込む自信はある。


などと考え込んでいた時。
空気を読めない声音と共に自分の緑のネクタイを引っ張られた事により意識が浮上させられた。


「おっ若!着いたぞ水着コーナー!」
「っちょ瀬尾先輩!ネクタイ引っ張らないで下さい!」
「おい若!見ろよこれ!」
「みっ見てます!見てますからこっちに押し付けないで!
っ名前、助けてー!」
「あは、は・・・」

ずるずると引き摺られていく若松に名前は表情を引き攣らせた。

「・・・・・・」

若松君・・・強く生きて・・・!!


名前がそう乾いた笑いと共に手を振っていると其処には
「それにしても君が野崎の妹の名前ちゃんかー」
「うあっはい!」
「御子柴とか千代ちゃんから話は聞いているよ」
「は、話!?」
「大丈夫だよ名前ちゃん!変な話とかしてないから!」
「そうそう!仕草とか小動物みたいで可愛いって言われただけだよー」
「かっかわ・・・!?」


ぶわっとよくある少女漫画の場面みたく、名前の顔から湯気が出そうな程赤面した。
そんな所が微笑まし気に見られる事など本人だけが気付いていなかったりする。


「名前ちゃん大丈夫?
もー鹿島くん!名前ちゃん照れちゃってるよ鹿島くんイケメンなんだからもう少し注意して・・・」
「ご、ごめんつい癖で・・・」
「イケメン・・・?」
「?名前ちゃん?」

照れていた表情から一転、名前の表情から一切の感情が掻き消えた。
その表情は千代にとっては見慣れたもので、一言で言えば漫画家のアシスタントの顔だった。



「・・・・・・うん、氷室先輩の方がイケメンだよね。
千代先輩もそう思いますよね!?」
「またその話!?」
「だって!他の事は別に良いですけど此処は譲れません!
堀先輩に全部跳ね返されても私は絶対意見を曲げませんからね!」
「其処は譲り合おうよ!!」

千代は思った。

こういう所は堀先輩と同様、ただの面倒臭い親馬鹿であると。

しかし事態はこれだけでは終わらず、それどころか更にややこしくなった。


「堀ちゃん先輩だって!?
もしかして名前ちゃんって先輩の可愛い後輩の地位を狙って、」
「鹿島くん落ち着いて!!誤解だから落ち着いて!!」




  □■□



「若松君、大丈夫?
飲み物でも買いに行く?」
「うん・・・名前一緒に来てくれる・・・?」
「勿論!」

二人は善は急げと言わんばかりに自販機へ行くと其処には何人かの先客がいた。


「あららー?」
「あ?・・・名前?」
「名前ちゃん!」
「かがみんに紫原君、それに氷室先輩!」
「え、名前、知り合い?」


名前達がばったりと出会ったのは火神、紫原、氷室の異色の三人だった。
見た所若松達と同様飲み物を求めてだろう、彼等の手にはそれぞれペットボトルがある。

「名前ちゃん、どうして此処に?買い物かい?」
(室ちんの背中が怖い怖いていうか目が笑ってないんだけどていうか名前ちんあの男誰なの彼氏とか言ったら今度こそ八つ当たりでオレ死ぬかも)
(変な事言うなよ名前タツヤの何かが振り切れるから!!)

にこにこと笑う氷室の表情に潜む感情を正確に把握していたのはやはりと言うか彼の相棒と弟分だけだった。


「わあっ凄く格好良い人ですね!
名前、もしかして名前と同じ高校の人?」
(!!!名前ちゃんの事を名前で呼び捨て!?)
(若松やめろ死亡フラグを立てんな!!)


紫原と火神はこの時、閻魔帳に書かれた若松の死因が『氷室』に置き換わったのを直感した。

「え、あ、うん。そうだよこっちの黒髪の人が氷室先輩で、紫色の髪の人が紫原君」
「初めまして!俺一年の若松って言います!
名前の一番の親友です!」

輝く笑顔の裏には下心が一切ないと分かるそれに氷室はゆっくりと気付かれないように息を吐く。


・・・・・・良かった。
本当に良かった。


悟られないように息を吐いたのは紫原と火神も同じだった。


「もー名前ちん心臓に悪いから止めてくんない」
「何を!?私何もしてないよね!?」
「つか名前と若松、何で此処にいんだよ」
「え、えーと、ちょっと諸事情があって・・・」
「・・・今度海に行くから水着を買いに行くって」


千代先輩が、と続けようとした台詞は氷室によってかき消された。

「行こう」
「え?」
「早く水着を選ぼう、ほら行こう」
「え?え?氷室先輩!?」
「手ぶらという事はまだ買ってないってことだよねオレも一緒に行くよ」
「室ちん落ち着きなよ名前ちん引いてるよ」

氷室の中の何かに火が付いた。

そう悟った時にはもう手遅れだった。



  □■□



「ビキニ、ワンピースだったらとりあえずワンピースかな。
ああでもビキニも捨て難い・・・アツシどっちが良いと思う?」
「どっちでも良いよ」
「(無視)ああでも他の男に見られるのはあまり面白くないからやっぱり、」
「室ちんオレに聞いた意味ある?」

相変わらず氷室は名前が関わると残念なイケメンになる。
残念すぎる事実に紫原と火神は小さく嘆息した。


「あ、あの先輩、わ、私やっぱり」
「うん?」
「う、う」

にこにこと笑う氷室に名前は赤面した表情を掌で必死で隠しているが正直氷室にとっては何かのバロメーターが振り切れるだけだった。

可愛い可愛い超可愛い日本人は奥ゆかしいって言うけどまさに彼女がそれだよ持って帰って良いかないや持って帰ろう!


「・・・今日の先輩は意地悪だ・・・」
「・・・・・・」

むう。
真っ赤な顔でむくれた表情を浮かべた名前ははっきり言って氷室にとって凶器以外の何物でもなかった。
数秒笑顔で固まった氷室だったが、徐ろに紫原の背中に回ると、渾身の一撃を叩き込む。


理由は勿論、己の理性を鎮める為であったのだが、名前がそれを知る由もなかったのは言うまでもなく。

  沢山の出会いと思いが交錯する

というわけで本編でも書こうと思っていた合宿ネタ。
ちなみにこの後陽泉の合宿と演劇部の合宿場所が近場であるというお約束展開。
日も殆ど一致。
其処まで書こうとしたんだけど気力が保たなかった。

・・・虚様こんな感じで良かったでしょうか?
リクエスト企画に参加して頂き有難う御座いました!

20150501