企画 | ナノ

「・・・・・・」

インターフォンを三回鳴らしても誰も出ないという事実を確認してから、野崎真由は失敗したと思った。

何度インターフォンを鳴らしても兄も姉も出ない。
足音すら聞こえないところを考えると二人共留守のようだ。


野崎家には四人の"きょうだい"がいる。
ちなみに彼は三番目で、上から兄と姉、下に妹が一人ずつ。
長兄と長姉はとある諸事情により実家から離れ、二人暮らしをしており真由はそんな二人に会いに来たのだが。
面倒臭がりの性格が災いし、事前に携帯に連絡を入れていなかった所為でこうして待ちぼうけを食らわされる羽目になるとは思わなかった。


「・・・・・・」


本来なら日を改めて、と考えるのが普通。
だがこのまま何もせずに家に帰るというのも如何なものか。
何せ此処に来るまで二十分電車に乗って十分も歩いてきたのだ。

体力はまだあるがもう歩くという行為すら面倒臭い。
というより考えるのすら億劫になってきた。

「・・・・・・」

真由は無表情の下でそう結論づけると姉と兄が住まうマンションの部屋の前に座り込み、二人が帰ってくるのを待つ事にした。





こつ、こつ、
がさり、がさり、

「・・・あ?」
「・・・?」

マンションの一角にて響いたのは一人分の足音とビニール袋の音。
そして一人の中学生の声。

「・・・お前、誰だ?・・・です」
「・・・」

赤みがかかった黒髪が特徴的な男子中学生のたどたどしい問いに真由は無言で返した。



  □■□



「へーお前が隣りに住んでるヤツの家族なのか・・・」
「はい」

真由は初対面なのにも関わらず、兄姉の隣りに住んでいるという火神大我の部屋にお邪魔していた。
普通初対面の人間を部屋にあげるだろうかという疑問はこの二人の中では特に無いようだ。

「そういえば少し前に引越し業者が出入りしていたな・・・て事はその時に来たんだなお前の兄弟は」
「はい」
「あー・・・その・・・」
「・・・」

全ての返事が淡々としており抑揚が無く、それに加えて一言一言が言葉少ない。
後は無表情。


・・・怒っているのだろうか。
それともこれが普通なのか。
滅多にいないタイプだから余計に分からない。


火神はどうしたものかと冷や汗を僅かに流しながら麦茶をコップに注ぐ。

「そ、そういや真由の兄貴達はなんで引っ越してきたんだ?」
「・・・・・・そうですね・・・・・・」

ふむ、と少し骨ばった指を顎に当てて真由は何ていうべきか考えをまとめる。
本来なら真由にこういう説明を求めるのは適切ではない。
だがこうして部屋にあげて貰っているからにはちゃんとしないと失礼だろう。

いつものように適当にやっていたらきっとあの姉は怒るに違いない。
姉に怒られるのは回避したいので真由はとりあえず思い付いたまま口にした。

「兄が嫌がる姉を無理矢理連れて行った結果です」
「!?」

かなり省略し、且つ誤解しか招かない発言であるがそれを正せる人間は残念ながら皆無。
よって火神の中でお隣りの家族事情がかなり捻じ曲がった風に伝わってしまったのは当然と言えた。

「え、は!?」
(姉さんと兄さん遅いな・・・)

狼狽する火神を他所に真由はぼんやりと兄姉について考える。

「な、なあお前の兄貴と姉貴大丈夫なのか!?」
「え?」
「もしかして兄妹関係が悪いとか!?」
「・・・いえうちは至って普通の一般家庭ですが」
「何処が!?何処もかしこも問題しかねェよ!!」
「そうですか?
・・・まあうちの兄は漫画家で、姉がそのアシスタントをしているので言われてみたら一般家庭とは少し違うかもしれないですね」
「無理矢理とか言われたら誰もがそう思っ・・・・・・漫画家?」
「はい。
兄は背景が苦手らしくて、姉がいつも手伝っているのでその関係で無理に頼み込んで・・・」
「・・・無理矢理ってそういう意味か?」
「はい」
「・・・今思えば高校生が二人暮らしって・・・」
「漫画家という仕事と高校生活の両立と健康の為です」


きちんとしている上に切実だったので。


真顔でそう言い切った真由の発言に火神は気が遠くなった。


高校生の台詞じゃねェ・・・!!



  □■□



衝撃の事実を知り、火神の動揺も落ち着いてきた頃。
ふと壁の向こう側から大きな物音が響き渡る。
例えるならそう、人一人分か大きなダンボールを落とした時のような、そんな音。


『・・・・・・』

「・・・なあ、」
「はい」
「確かお前の兄弟って今留守なんだったよな?」
「恐らく。インターフォンを鳴らしても出なかったので」


火神や真由がいる部屋から見て隣りの部屋は例の野崎家が所有している筈だ。
そしてその野崎家の住人は不在と言われた。


普通に考えて住人が帰ってきたのではないかと思うがそれにしては物音が異様に大きかった。と思う。


「・・・て事は」
「・・・様子を見に行きましょうか」
「お、おお」


誰もいない筈の部屋から物音から挙げられる可能性は大きく分けて三つ。
一つは住人が帰ってきたか。二つ目は泥棒などの犯罪者か。
はたまたあまり考えたくないがポルターガイストか。

ちなみに最後の選択肢は火神が長くいた外国生活に影響しているのだが其処は割愛。


「そういえばインターフォンを鳴らしたって言ってたけどドアが開いているのか調べたのか?」
「・・・・・・いえしてません」
「え」

真由がそう言った直後、がちゃりと軽い音が火神によって鳴る。
手元を見るとドアは開いており、鍵が掛かっていない事を証明していた。


『・・・・・・』
「・・・開いたな」
「開きましたね」
「・・・じゃあ行くぞ」
「はい」

こくり。
真由がそう頷くと同時に差し足抜き足忍び足で奥に入る。
火神は部屋が隣同士という事もあり、間取りは一緒。
だからこそ何が何処にあるのかは分かる。

本当に不審者がいた時の対策として声を押し殺してキッチンに繋がる扉をゆっくり開けると、其処には投げ出された脚が二本、火神の視界に映り込む。
そしてその奥に脚と同様腕が投げ出されたように横たわっている。


・・・・・・・・・!?


「・・・あ、兄さんに姉さん」
「は!?」

気絶しているかのように深く眠っている男女に冷静にそう返す真由に素っ頓狂な声をあげる火神。

・・・火神はもう何が何やらわけがわからなくなった。



  □■□



「・・・で、結局〆切が近くて殆ど不眠不休で原稿を書いて、終わったと同時にベッドにいく事もせずに寝てしまった、という事で良いのか、です」

「まあ要約するとそうなるな・・・。
色々と悪かったな二人共、メールにもインターフォンにも気付けなくて」
「いやそれは別に良い、です・・・ただ心臓に悪いんでこういうのは気をつけて欲しいです」
「ああ」
「ごめんね真由君、火神君。
まさかお隣りさんとの初めましての挨拶がこんな形になるなんて思わなかったよ」

それは此方の台詞だ、と火神は心中でぼやく。
恐らく漫画家というからには〆切とやらが近付いたら毎回こうなるのではないだろうか。


・・・・・・考えただけで心臓が悪い。悪すぎる。
無造作に投げ出された両手足をふと思い出しただけでぞっとする。

「お隣りさんにはいずれ挨拶をと思ってたんだけど今〆切でそれどころじゃなくて・・・・。でも火神君本当にごめんねビックリしたでしょ?」
「だ、大丈夫だ」
「仕方無い・・・〆切中心に来て貰えるメシスタントでもやはり雇うべきだな。
どう思う名前」
「えええええ・・・私に聞くの?」
「ああ、名前は頼りになるからな。俺一人より名前の意見も聞いた方が良いだろう」
「あー・・・うんソウダネ・・・・・・。
・・・・・・あ、ねえ火神君、料理上手かな?」
「は?」

メシスタントって何だろうか、と思っていた矢先にふと問いかけられた言葉に火神の反応が一瞬遅れる。
しかしそんな火神を他所に名前と梅太郎は話を進めていく。


「成程、火神なら隣室だし俺達が倒れてもすぐに気付いてくれるな!」
「いや普通はそうならないようにもっと努力するべきだろ」
「そう!それに移動時間もないんだよ!これは大きいと思うんだ!」
「確かにそうだな」
「なあ一体何の話してんだよ!?おい真由、お前の兄貴達はオレに何を求めてんだ!?」
「・・・・・・」


火神の意見をまるっと無視し、梅太郎と名前は二人で何かを頷き合っている。
一体全体何がどうなっているのか。


この後、火神は名前と梅太郎による懇願によりめでたく〆切中心で働くメシスタントとして夢野咲子の職場で活躍することになる。

  オールラウンダーとメシスタントの出会い

無駄に長くなったのと名前変換機能が付いていないと気付いたのが実は殆ど後半だったのは内緒です。
真由も出演させてみましたがこんな感じで良かったでしょうか?

企画に参加して下さって有難う御座いました!

20150415