企画 | ナノ

声が、聴こえる。

動乱の音。戦の音。仲間の悲鳴。肉を切る音。血が滴る音。

全部、全部、あの世界に置いてきた。
私はもう"私"じゃない。


『―――本当に?』

声が、また響く。知らない声だ。

『君が勝手にそう思っているだけなんじゃないかい?
人間、そう簡単に変われるかな?』

誰。
私は、もう誰かを殺す事は

『どうかな。
人が人を殺さない理由は無い。
動物と人。この二つに大きな違いは無い―――少なくとも僕にとっては』

・・・僕?

『僕の前では生も死も、殺人も自殺も他殺も等しく平等に過ぎない』



  △▼△



ばちっ


青灰色の瞳が天井を映すと同時に上体を勢い良く飛び上がる。
その拍子に蒼みがかかった銀色の髪が振り乱れるが彼女は一切気にしなかった。

「はあ、はあっ・・・」

心臓が痛い。息がしにくい。
まるで誰かに真綿で首を絞められていたかのようだ。

『俺ァ壊すだけだ、この腐った世界を』

「!」

ずきん、と痛みが増す。頭が割れそうに痛い。
その痛みと同時に入ってくる声。

『何という顔をしているのだ名前、俺はそう簡単に死なんと言った筈だ。そう約束しただろうが』


『―――お前は、笑っていろ。
泣き顔も無表情も怒り顔も良いけどな、オメーは笑っている時が一番良い』



泡沫の様にぱちん、と消える。
何度も死を覚悟した。だけどその度に死を回避して生き延びた。
なのに何故、私は人生をやり直す事になった?
私が、死んでしまった原因は、一体何?



名前が頭を抱えながらそう自分自身に問うた時。
不意に、一つの声が響いた。

「人間とは矛盾を抱える生き物だと昔誰かが言っていたけど、君はその言葉の最たる人物だと僕は思うんだが、君はどう思う草薙名前ちゃん」
「!?」

冷静さの欠片も無い状態だったからか、名を呼ばれた名前は驚愕した。
普段なら例え驚いたとしてもそれを表情に出す事は滅多に無いからだ。
青灰色の瞳を限界まで見開いたままの状態で声がした方向へと振り向いた。

其処には。
悠然と佇むのは赤銅色がかかった長い髪を黄色のリボンで結った少女がいた。
余裕の笑みを浮かべている少女はとても百戦錬磨の名前の背後をいとも容易くとれそうな猛者には見えない。
否、それを言えば儚げな美貌を誇る名前もとても百戦錬磨には見えないのだが其処を追及すれば話はややこしくなるので割愛。

「・・・誰」
「僕は安心院なまえ。
君の存在を知って興味が湧いた、何処にでもいる人外さ」
「・・・・・・人外が何処にでもいるわけがないでしょ。
それとも貴女・・・」
「?」

名前が訝しげに自分を見ている。
その事に僅かに首を傾げるもなまえは何も言わなかった。

「(・・・・・・天人、じゃないわよね。
いや神楽みたいに馬鹿力があるのかもしれない。
どっちにしろ人外という言葉がはたしてどういう意味合いなのかそれを知らないと・・・)
・・・貴女今人外と言ったわね。
それ、気配も足音も無くこの部屋に入ってきた事と関係している?」
「勿論。僕は好きな時に好きな場所にいる事が出来る。
だから君の後ろを取る事なんて造作も無いんだぜ草薙さん」
「人外というのは」
「文字通りさ。僕は母体から生まれていない。
母も父も無くいつのまにか存在する。そんな存在、人間とは言い難いだろう?」
「・・・」

不敵に笑うなまえ。
その意味を推し量ろうとする名前になまえは更に笑みを深くする。

「話を戻そうか。
君は明らかに『普通』じゃない。
何せ前世の記憶を持ちながら今世を生きているんだからね。
だからこそ君は他の人達よりも多く矛盾を抱えて生きている。

死んだ記憶が無いのに生きている。人間嫌いなのに人恋しがり。他人と距離を置きたいのに完全に人を避けきれない。優れた殺人技術があるのに人を殺さない技術にも長けている」
「・・・な、」
「あははまるで宗像君みたいだけど、君は殺人衝動なんて無い。
あるのは消えない復讐心だ」


『私は、もう先生を理由に殺さない。
殺すとしたら、自分の為に殺す』



名前の中で渦巻いていた頭痛はいつの間にか止んでいた。
ただし残響はある。
ふらつく頭を無視し、傍らにあった日本刀を手に持ち―――眼にも留まらぬ抜刀術で刀身を抜き、なまえの首筋にびたりと止める。

その勢いで僅かな風が吹く。
それによりなまえの一筋の髪が靡くがそれでもなまえは微動だにしなかった。

「・・・見切っていたのかしら」
「否?僕は死なない生き物だからね。何せ人外だし」
「・・・結局貴女の目的もよく分からないわね。
目的だけじゃなくて、言いたい事もよく分からない。
貴女こんな事を私に話して、どうするつもり?」
「言ったじゃないか、君に興味を持ったとね」
「・・・誰にも前世の事を言った事は無い。
それも貴女が人外たる故、という事かしら」
「その通り。
僕には約一京のスキルを持っているんだ、だから僕に"出来ない"事は無いよ」
「へえ。ねえ最後に一つ聞くけど」
「?」
「"出来ない"事は無い。それは一見羨ましいと思うけど貴女、生きてて楽しいと胸張って言えるの?」
「・・・・・・」
「私は、楽しいとは思えないけど」
「・・・ふうん」


依然、刀を突きつけられたままのなまえだったがこの時不意に暗く嗤う。
名前の眦はぎりりと釣り上がったまま。


「楽しいと思えるわけがねーだろ、こんな世界。
所詮"作られた世界"なんだからさ」
「・・・!?」


そう静かに言った直後。
名前の立っていた世界が崩れる。
そしてまた、ばちりと瞼が閉じられた。



  △▼△



「名前、いい加減起きろ!!」
「・・・真斗?」

再び眼を開けると其処には鮮やかな青色がいた。
それから徐に周囲を見渡すがあの赤銅色はない。
・・・あれは、夢だったのだろうか。

「全くもう昼頃だぞ。
起きた直後だがどうだ名前、食べられそうか?」
「・・・・・・少し」
「よしでは今準備してくるから少し待っていろ。
ああお前は手伝うな、また倒れられたら敵わん」
「人を虚弱体質みたいに言わないで頂戴」
「今の気温は35度。この気温でお前が倒れた回数は、」
「分かったから早く行きなさい!!」

  真夏ニ見ル夢

という事で『乙女』『虹色』主人公同士の邂逅編。サキ様お待たせしました!(汗
『乙女』前世編はいずれ本編で。
とりあえず『虹色』主人公はシリアスが多いなあ。
ああでもリクエスト通りに沿えた筈なので大丈夫、問題無い!
企画に参加して下さり有難う御座いました!

20140627