企画 | ナノ

!無自覚両想い
!レン視点



ある日の昼下がり。
名前の部屋の前にある縁側にて真斗は静かに座っており、名前はというと布団のシーツやタオル等を干していた。

「・・・名前」
「要らない」
「・・・・・・まだ何も言って、」
「手伝いの申し出は断った筈だけど」
「・・・」

ぐうの音も出ないとはまさにこの事だ。
聖川は既に何回目か分からない申し出を却下されているし、文字通り袖にされていると言って良い。

聖川が此処まで言うのは勿論理由がある。
日差しが徐々に強くなってきているこの季節、夏限定の虚弱な幼馴染が倒れても不思議ではないのもあり、いつ倒れても良いように聖川が近くで控えていたわけだけど、・・・名前はそれさえも不愉快なようだ。
彼女の空気がそれを伝えてくる。ひしひしと。
オレでさえこんなに感じるんだから聖川本人は相当だろうねえ。


「・・・大体名前は昔から無茶が過ぎる。
此処に来る度に倒れている姿を発見する身にもなってほしい」
「今更この体質を変える事なんて出来無いわよ。
というより私は無茶をした覚えなんて無いし・・・父親の期待に応えようと無茶しているのは貴方の方でしょ」
「よせ、これ以上続けると話が脱線する・・・はあ。
お前は変わらんな。第一印象を裏切らないその容姿も、頑なで容赦ない性格も」
「・・・もう一度私の容姿について言うなら拳が唸る事になるわ」
「悪ぶるな、お前はただ単に口が悪くて素直になれないだけの、何処にでもいる女子だ」
「・・・大嫌いよ貴方のそういう所。
人が必死に隠そうとしているのに全部掬い上げようとするんだから」
「らしくない事ばかり言うからだろう」

ああ言えばこう言う。
二人の静かなる舌戦は変な方向に曲がっていく事になるのだが当事者達はそれに気付かない。
オレはこの二人の会話を聞く事に専念しているから、今更痴話喧嘩に加わるなんて野暮な真似はしない。勝手にしてくれ。


青灰色と海色の視線が交差する。
二人の頭の中で何かのゴング音が響いたのが何となく分かった。

「前々から言おうと思ってたんだけど」
「奇遇だな俺も言おうと思っていた事がある。
名前、いい加減に自分に無頓着なところを直せ」
「性格は死ぬまで治らないって先人は言った」
「確かにな。
だがお前は平気で傷を作ってくる。
痛みを感じない体ではない筈だ」
「・・・だからって私にどうしろと言うのよこの堅物」
「つまらなさそうな顔をするな、名前は元が良いのだからもっと笑え!澄ました顔をするな!」

あ喧嘩がヒートアップしてきた。
ていうかこうやって第三者視点で見るとホントに、

「何私に命令しているのよ指図しないで頂戴、この天然。
よく今まで自然に淘汰されずに生き残れたわねむしろ奇跡の子よいい加減にレンの嘘位見破れるようになりなさいよそして私を巻き込むな純粋過ぎるのも大概にしなさい」
「いくら名前とて神宮寺の名を此処で出すな、名前俺を見て話せ!」

巻き込まれた、とレンは思うも次の真斗の言葉に思考が吹っ飛んだ。
今までの真斗の言動からは考えられない強気な発言である。
しかし相手は恋愛経験も無ければ人間嫌いを自称する名前である、普通の反応の斜め上をいった。
そして不幸中の幸いは真斗が自身の発言の爆弾加減に気付いていない事だろうか。
・・・何故立ち去らなかったのだろうかという後悔がレンの中で襲う。
今更ですね分かります。

「背が高い所為でいちいち上を見ないといけない私の気持ちを察せこの鈍感、牛乳嫌いじゃなかったの何私が知らないところで飲めるようになってるの聞いてないわよむしろ縮め!」
「珍しい事ではないだろうこればかりは男女差という奴だ。
むしろ俺がお前より小さかったら格好がつかない。
というよりお前何故俺が牛乳を飲めるようになったって知って、」
「手に取るように分かるわよそれ位。何年貴方と付き合ってると思っ・・・何よその顔」

もう嫌だ、この空間から逃げたい。
聖川とは長い付き合いだが、こと名前に関する事に対しては全く知らない一面を見れるとは思わなかった。
何この痴話喧嘩。
夫婦ではないこの二人だが傍から見るとただの夫婦喧嘩である。もしくは惚気。
夫婦喧嘩は犬も食わないとは本当の事だった。
もう満腹ですご馳走様です。

・・・というより、この二人の会話をよく聞いていると・・・。

「・・・お前には本当に驚かされるな」
「何の話」
「しかし、だからこそ俺は名前が必要なのだろうな」
「・・・な」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

沈黙が痛い。
此処まで空気が重く、且つ痛みを感じた事があっただろうか。否無い。
どちらでも良い、とにかく何でも良いからこの沈黙を破って!

普段なら余裕の笑みを浮かべてこの後の展開を見るのだが相手が相手なだけにそんな余裕は無かった。
どんな結末になるか分からないからだ。

レンが内心でそう慌てた矢先。
三人の誰でもない、新たな人物がこの空気を壊した。


「真斗くん、レンくん、名前ちゃん!
こんなところにいたんですね探したんですよー!」
「シノミー!」
「那月てめっオレを置いていくなっての!
・・・・・・なんだこの空気。てか聖川の様子おかしくねえ?」
「翔ちゃん、真斗くんだけじゃなくて名前ちゃんも固まってるように見えますねえ。
レンくん、何があったんですか?」
「・・・・・・今二人の間に入ると後悔するとだけ言っておくよ」
「は?」

疑問符を飛ばす那月と翔を他所に真斗と名前の石化がとけたらしい。
ぼふん、と何かがショートを起こした音が聞こえた気がしたが果たしてそれはどちらのものだったのか。

「な、何でも無い忘れろ名前!
むしろ記憶ごと消せ!」
「切羽詰っての台詞がそれなの?
もう少しマシな言葉は言えなかったのこの朴念仁」

「あ」

「どうかしたんですかレンくん?」
「名前の負けだ」
「・・・は?負け?」

レンの台詞に今度は翔と那月だけでなく真斗と名前も疑問符を飛ばす。
・・・どういう事だ。

「二人の台詞をよく聞いているとしりとりになってたんだよ。
で、さっき名前が言った最後の言葉は『朴念仁』の『ん』だから名前の負けって事さ」
「・・・・・・そう、だったのか?」
「二人は気付いてなかったみたいだけどね」
「・・・・・・・・・」

よく分からないうちに負けと言われた名前の拳が震えた。
それが怒りからか羞恥だからか分からないが、とりあえず名前の拳が唸り、真斗の腹部に直撃する事になるがそれはまた別の話である。

  無自覚程タチが悪いものは無し

惚気に入っているのだろうかと思いながら書いてました。
途中でしりとりが切れているのですが其処は見逃して下さい(=結果的に第二ラウンドまで入っている)
こういうシチュエーションは大好物ですが如何せん書くのに時間がかかった。
しりとりという縛りさえなかったら多分もっと早くup出来た筈。

20140529