企画 | ナノ

!両想い



「やあ黄瀬涼太君、待っていたよ」
「・・・え?」

珍しく部活がオフになったので黄瀬は名前に報告しようと携帯を開いたのと同時に、低い声が前方から聞こえてきた。


体育館から続く渡り廊下の近く。
制服ではなくファー付きの黒いコートを身に纏った眉目秀麗を具現化したような男が一人、佇んでいた。

「・・・アンタ、誰っスか?」
「アンタ、ねえ・・・最近の高校生って敬語がなってない子が多いねえ。
紀田君といい君といい・・・ああでも竜ヶ峰君は別か」
「は?」
「いやこっちの話だよ。
そんな事より、俺は君に用があったんだよ黄瀬涼太君」
「・・・オレ?」

自分の名前が知られている事は驚かない。
自分はモデルでありバスケ選手としても雑誌のインタビュー記事に載っている過去がある。
目の前の彼がそれを元に知ったとしても何ら不思議ではないのだ。
というより話をそらされた。否。
問題はそれよりも。


(・・・・・・気の所為かもしれない・・・けど名前に・・・・・・似ている?)

短い黒髪、夕焼けを切り取ったように赤い瞳。
整った顔立ち。
ただ段差の上に立っているだけなのに、その立ち振る舞いに隙は―――無い。

無意識の内に黄瀬は肩に力が入るのと、琥珀色の双眸が疑念の色を浮かんだのを青年、折原臨也は見逃さなかった。
臨也はゆっくりと、薄く歪んだ笑みを浮かべる。
それは自身のすぐ下の妹に向けるのとは違う笑み。

「そんな身構えなくても良いよ、いきなり話しかけてきたのは俺だし。
むしろ俺は君の事をもっと知りたいと思って来たんだよ、それこそわざわざ新宿から神奈川までね」
「いや普通見ず知らずの人間に簡単に打ち解けるなんて無理と思うんスけど」
「まあ確かに君の中学時代を鑑みてもそうだろうね。
初対面の人間に対しては警戒心丸出しだけど一方で相手に心を許すと犬の如く懐くのが君の性格だ」
「・・・・・・結局アンタ誰なんスか?
いい加減答えて欲しいんスけど」


そう噛み付くように言えば目の前の青年は笑う。嗤う。哂う。
まるで嘲笑うかのように。



「ふーん。やっぱり名前から聞いてないんだ、まああの娘(こ)が進んで話すとは思えないしね」
「っ」

名前。
それは自身の恋人の名前だ。
一風変わった名前だし、まさか同名という可能性は少ないだろう。

名前と何処か似ている彼とは一体どういう、


「俺は折原臨也。
君の彼女、折原名前の―――」
「―――っイザ兄!?」
「え、名前!?」

肩より下までの流れるような黒髪、驚愕という色に染められた夕焼け色の双眸。
目の前の青年と似通った色合い。
折原名前が、其処にいた。

「やあ名前、久しぶり。この間の休み以来か。
相変わらずみたいで安心したよ」
「久しぶり、じゃない!イザ兄何で此処にいるのさ!?」
「え?え?」

話に着いていけていない黄瀬を後ろにしつつ、名前は意地が悪そうな、且つ考えが読めないという非常に厄介な部類の笑みを浮かべている兄を真正面から見据えた。
本心なんて分からない笑み。それでも碌な考えでは無い事は確かだ。

「何で?可愛い妹に彼氏が出来たって聞いたから来たんだ。
名前はこっちから行動しない限り会わせようとしないのはバレバレだったし」
「とうぜ、」
「妹!?この人と名前が!?」

『・・・・・・』
「・・・・・・あ」


ひゅるり。

人気の無い体育館近くにて三人の間を風が一陣吹き抜けた。



  ♂♀



「改めて、俺は折原臨也。
正真正銘其処で無意味に威嚇している名前の兄だよ」
(ていう事は・・・)

折原臨也。情報屋。池袋で最も敵に回していけない人物の一人。平和島静雄の天敵。ナイフを携帯する危険人物。

これが現在臨也に関して分かっている黄瀬の持つ情報だ。
しかし本日、新たな項目が加わった。

自身の恋人、折原名前の実兄。

「・・・で、いい加減にその辛気臭い顔と雰囲気を仕舞ってくれない名前?」
「うっさい不審者、即刻出て行って」
「それが兄に対して言う言葉?」
「この学校にとって今のイザ兄はただの不審者だよ、先生に捕まってしまえ」
「良いのそんな事言っても?
俺がこの学校の校長の弱味を握っているとしても?」
「・・・・・・この性悪」
「・・・名前ってホント口が悪いよね。誰に似たの?」
「イザ兄の所為に決まってんだろ、九瑠璃と舞流があんな風になったのもイザ兄の影響を受けたからだよ自覚してる?」


質問に質問を返された。
心なしか目が据わっている名前に臨也は口喧嘩の応酬を放棄した。
すっかり忘れかけていたが臨也が今回海常高校に来た理由は妹ではなく黄瀬涼太にもあったのだ。
蚊帳の外になっており、名前に忘れられていそうな黄瀬涼太に。

・・・それにしても、情報で知っていたが背が高い。
自分の天敵以上、サイモン以下。
バスケ部エースと言われるだけあるという事か。

「・・・まあそんな事は置いておいて」
「そんな事なのイザ兄」
「名前は黙っててくれる?
俺の用事はさっきも言った通り黄瀬君なんだよ」
「え」

低レベルな折原兄妹の口喧嘩を傍観していた黄瀬を無理矢理な形で巻き込んだ臨也。
当然黄瀬と名前の顔は引き攣った。
・・・嫌な予感しかしない。

二人はそう悟った。誰に言われるまでもなく。


「この名前が好きになる人間だよ?
中学時代、一度だって浮いた話をしなかった名前の初めての相手なんだし、やっぱり文字だけ見てても面白くなくてね。
だったら実際に見たほうが確実でしょ?」
「その為だけにわざわざ神奈川まで?イザ兄やっぱり暇でしょ。
仕事しなよ一応表向きはソーシャルプランナーなんだろ、波江さん呆れ・・・否それは今更か」
「名前、一回黙った方が良いんじゃない?
黄瀬君の様子を見る限り本性は知っているみたいだけど」
「本性?」

此処でようやく折原兄妹の喧嘩に参戦する。
内心、あまり関わりたくなかったが内容が内容だけに関わらざるを得なかったのだから仕方が無い。

「名前は怒った時口調が変わる。
それ位彼氏なら知ってるでしょ?」
「あ、それならとっくに知ってるっス」
「イザ兄もうどうでも良いから帰ってすぐ帰って」
「オレが名前の言う事なんて聞くわけが、」
「今すぐ帰らないと九瑠璃と舞流にチャットのURLをバラすよ」
「・・・・・・」

名前の夕焼け色の双眸には本気の色しか映っていない。
臨也は静かにそれを理解すると同時に降参を示した。

あの双子は色々な意味で厄介だ。
それこそ今後に支障をきたすような可能性は摘んでおく必要がある。
臨也はこのすぐ下の妹を育てすぎたかな、と後悔したが時すでに遅し。

弟妹というのは兄姉の背中を見て育つのだ。
ちなみにこの兄妹喧嘩、名前の二ヶ月ぶりの白星なのは余談である。

  兄であろうと容赦無しでいきます

お待たせしました、臨也との兄妹対決いかがだったでしょうか?
これからも当サイトを宜しくお願いします!

20140508