花雪シンフォニア | ナノ

何処かで見たことがあるな、とは思っていた。

だけど記憶が曖昧な私がひと目で分かる筈が無いと言い訳くらいさせてほしい。

一見真面目で大人しそうな男子とおかっぱ眼鏡という若干地味に聞こえる単語だがよくよく見れば顔立ちが整っている少女。
それだけ聞けば何処にでもいそうな一組の男女の組み合わせだと思うだろう。

だけど知っている人は知っている。
私の目の前にいるこの二人は、"あの二人"であるという事を。



本来、"私"と彼らが交わる事はなかった筈だ。
だけど彼らは池袋の人間であり、更に言ってしまえば一ノ瀬君達と出会う確率は比べるまでもなく彼らの方が上なのだから何も間違ってはいない。



・・・と考えていながらインタビューをしていた栞の心境は現在進行形で平常心という言葉が無くなっていた。

羽島幽、と大きな声で叫ばれたから無意識に振り返ってみたら、其処には知らない女性が一人、大ぶりのナイフを持って此方を―――私を睨んでいた。


「・・・・・・」
「彼を、彼を返して・・・!!」
「・・・(彼・・・?)」

マイクを片手に幽はふと首を傾げる。
自慢ではないが自身の交友関係は極端に狭い。
というより『返して』と懇願される程、私と交友関係が深かった人間なんていただろうか。
彼女の台詞からにして恐らく男性。

羽島幽として関わりが深そうな人間は思い付く限りではルリ達、専属スタッフ位か・・・ああ、彼女は女性だから違うか。
ならば平和島栞として?
それなら兄さんと―――・・・これ以上は止めておこう。傷口が広がるだけだ。
そういえば一ノ瀬君や一十木君はどうなのだろう。
親しいという分類に入るのかどうか、自分ではよくわからない。
機会があれば聞いてみよう。


「っおいカメラ止めるな!女を撮れ!」
「・・・・・・」

スタッフの誰かがそう叫んでいるのが聞こえる。
ついでに言えば周囲の野次馬の悲鳴も徐々に広がっていくのも幽は他人事のように聞いていた。





「・・・どうする?行ってみるか?」
「サイモンがいる。それに・・・」


一方、某ワゴン車にて。
渡草と門田は重々しくそう言い放つ。

元同級生として平和島兄妹の関係を門田はある程度知っていた。
肉体において化物と称される兄と精神において怪物と称される妹。
一見正反対とも思える二人だが根本的な部分は同じだという事を。

兄は妹を大事にしているし妹も兄を大切にしている。

普通ではない一面を二人共持っているが故に、他の兄弟姉妹以上に想い合っているのだろうと。


「・・・それに、今俺らがその場にいたとして、無闇に手を出せば俺らがあいつらの兄妹愛に巻き込まれて死ぬぞ」


顔色一つ変えず、淡々と事実を言った門田の台詞に誰一人異を唱える者はいなかった。



  ♂♀



「・・・貴女は、」
「し、死ねえええええぇぇえええぇえ!!!」

震える右手、定まっていない焦点、真っ直ぐ駆ける両足。

それらを無表情で見ながら幽は微動だにしなかった。
一歩ずつ確実に女性と幽の距離が縮まり、もうあと数歩でゼロとなるその瞬間。


少年、帝人が杏里を庇い、杏里は瞬時に目を赤く染まらせる。
その事にさえ彼女は視線を向けなかった。



ナイフと幽の距離が後一歩のところで、ふと幽の耳にひとつの声が響く。

「―――っ栞さ、」
「―――え、」


ぱちん。
何かが脳裏に弾いたと思ったのとそこそこ大きい看板が幽の横を凄まじい勢いで横切った。
ついでにナイフを持った女もその看板に後頭部を強打しつつ思い切り地面になぎ倒されている。


「・・・・・・」


これは。
子供の頃からよく見る光景に似ている。
というよりこんな大きい看板をあんな勢い良く投げ付けられる人間なんてそう何人もいるわけが無い。


(・・・・・・また、助けられた)

幽は看板が飛んできた方向に目を向けると金髪バーテン服、そしてサングラスをかけた青年が何かを投げたようなポーズで肩で息をしている姿があった。

分かる人には分かるだろう。
こんな物を簡単に投げられる人間は限られている。
そしてその筆頭候補には必ず兄の名前が挙げられるという事に、幽は誰に言われずともそう悟る。


(・・・今度、またお礼をしないとな・・・・・・、あれ)

兄の隣りにいる、青褪めた顔で兄を見る男に幽は一瞬目を丸くする。
帽子を被っていて断定は出来ないが、あの人はもしかしなくても、


「・・・・・・一、」
「・・・・・・ひょっとしてこれを投げたの静雄さん・・・?
って、他にいないよね・・・・・・あ、大丈夫だった?園原さん」
「っえ?」
「・・・ぇ、」

帝人の台詞に杏里は困惑の声をあげる。
一方の幽も帝人の"静雄"という言葉に反応するがそれは二人に気付かれる事はなく。


「・・・・・・」


事情を知らない人間からすればただの恋人同士に見える。
だけどこの二人と、今は此処にいないもう一人の少年が取り巻く現実を僅かに知る者としては複雑な感情を抱くしかない。


・・・とりあえず、この気絶している女性をどうしたら良いのだろう。

幽は漠然とそんな事を思いながら、顔を青褪めながら此方に向かってくる専属スタッフに何と言って宥めようかと思考を切り替えた。

  スピード解決の事件模様

お待たせしました、今回は主人公のターン!
次辺りでトキヤと会話が出来たら良い、なあ・・・!

20150517