花雪シンフォニア | ナノ

「・・・・・・という事があった」
「そ、そうですか」

ジャックランタン・ジャパンという事務所の日本支部社長、マックス・サンドシェルト。
シャイニング早乙女を似たようなテンションだった事が一番印象に残っている。


トキヤは頭痛を感じた。
あんな嵐のような性格の持ち主が二人もいるなんてあまり考えたくない。



現在トキヤと栞はペットホテルにいた。
理由は以前雨により中断した撮影の続きを先程まで収録していたからだ。
栞の方は此処最近ロケ続きで碌に自宅に帰っていないのもあり、近くのペットショップに預けていた愛猫の唯我独尊丸を今日引き取りに来ていた。


「此方の仔猫でお間違いないでしょうか?」
「はい。・・・おいで独尊丸」
「にー」

愛らしく鳴く仔猫に普段動かない表情筋が僅かに緩み、微笑する栞にトキヤもつられて笑う。
そしてペットショップから出て近くの喫茶店へ移動。
勿論二人共軽く変装しており、誰も芸能人とは気付かない。


「付き合ってくれてありがとう一ノ瀬君」
「いえ私もこういう場所は初めてだったので見ていて面白かったです」
「そうかな?」

こてりと首を傾げる栞は独尊丸を飼ってる為よくペットショップやホテル等通う事が多い。
だがトキヤは動物を飼った事なんて無い為そういった店に通う事も無い。

「ええ。それに平和島さんの事をまた少し知れた気がします」
「・・・、」

ゆっくりとした、自然な動作で栞はトキヤを見る。
トキヤは相変わらず微笑を浮かべており、音也辺りが見れば思わず二度見をするような、学園では滅多に見られない、それこそ希少価値が高い微笑を栞は簡単に見る事が出来た。

「・・・私そんなに謎めいているつもりは無いんだけど」
何言ってるんですか貴女程謎めいている方いませんよ。
シャイニング事務所の美風藍さんと同じ位私生活が謎です」
「一ノ瀬君は私の部屋の中知っているのに謎なの?」
「っっあれは不可抗力でしょう!
というより止めて下さい蒸し返さないで下さい私の中でまだあの事は消化しきれていないんです」
(消化って何の話?)

赤くなったり青くなったりとトキヤの顔色が面白い位に変わる。
その内紫になるんじゃないかと呑気にそう考える一方、トキヤは未だ栞を押し倒したという事実に苦悶していた。
熱で正気が朦朧としていたとはいえ普通なら何かしらの苦言があっても良いものなのに栞からはくだされた処分はお咎め無し。

普通なら安堵するところかもしれないがトキヤは思わず耳を疑った。

・・・普通怒るところでしょう、女優生命さえ脅かしかねない事をしたのに。
それこそ襲われかけたのに平然とこうやって一緒にいる事さえ本来ありえない光景だ。

こんな風に、隣りにいられるのはきっと彼女だからだろう。
『怪物』だと思わせる精神性。

それが、彼女が彼女たらしめる最大の強みであり魅力なのだとトキヤは漠然と感じ取っていた。


「にー」
「?」

ふと掌に感じた温もりに意識を浮上させると、其処にはトキヤの掌に触れる独尊丸の姿が。

「・・・え、」
「元気出してって、独尊丸が言ってるんじゃないかな」
「え?」
「一ノ瀬君がそんな表情をしているのか、全部はわからないけれど・・・それは私が原因?」
「―――いえ。私が、勝手に落ち込んでいるだけです」
「・・・落ち込むの?」

自分はまだ今年で十七。
平和島さんは二十代の大人の女性。

年の差からかまだまだ心に余裕が無い自分がひどくもどかしい。

「早く大人になりたいです」
「え?」
「そうしたら、」

貴女に少しでも追い付く事が出来るのに。



『好きです』『愛してます』


その言葉を言いたいのに、自分の心に巣食う何かがそれを留まらせる。
理由がわからないからこそ、その言葉がどうしても言えない。

  君を想う程遠く感じる

閑話。
トキヤと主人公の会話。
押し倒されたのにも関わらずいきなり仲良く会話するだろうかと思ってとりあえず挟んでみた。
主人公はともかくトキヤは自己嫌悪に陥ってそうなので。
主人公が静雄に話したらトキヤの命はまず無いのは火を見るより明らかだし主人公もそれを分かってだんまりな可能性はあるかな。

20150107