花雪シンフォニア | ナノ

どくり、どくり。


心臓が早鐘のように鼓動する。
いつもと違う動き方。
生放送の時、兄さんの馬鹿力を見た時、折原さんと対峙した時。
全部、違う。
だったら何が違うのだろう?



「・・・・・・」

栞はトキヤと音也のコミカルな舌戦を傍観しながら小首を傾げていた。

動悸が激しかったら、大抵その時は息切れをするよね?
あれ私息切れしてたっけ?
息切れって事は呼吸困難?え、私もしかして病気か何か?心不全とか?


「?羽島さんどうかしましたか?」
「・・・・・・一ノ瀬君」

物思いに耽けている様子だった栞に声をかけたトキヤ。
ふと顔を上げた栞の視界には僅かに気遣わし気に自分を見るトキヤとその後ろには何故か意気消沈している音也の姿があった。

・・・。

ぎゅ。

音にしたらそんな感じだろうか。
予告ナシで栞はトキヤの左腕を掴んだ事実にトキヤは驚きのあまりに声にならない声をあげた。


「☆qω※!∀■!!!」
「・・・・・・」

絶叫をあげた、と思ったのはどうやらトキヤだけだったらしい。
実際のトキヤはいきなり触られた事実に身体が硬直していただけだった。


「・・・・・・」
「・・・・・・・・・あの、」
「・・・・・・」

風呂上がりだからなのか、栞の僅かに高い体温が移ったらしい。
トキヤは生放送より規格外の学園長に対峙した時より緊張した。
何の拷問だろうか。
自分とは全然違う掌の柔らかさや肌の白さが気になって仕方がない・・・ではなく。
思考が纏まらない所為もあるだろう。彼女の意図がまるで分からない。
宇宙との交信でもしているのか、そうなのか。


「へい・・・・・・羽島さん?」
「・・・・・・」

危うく本名を言いそうになったがそれでも彼女は無言。
本名などのプロフィールを一切非公開とされているが彼女は無頓着な性格だからきっと人前で本名を言ってもそのまま返事しそうな気がする。
・・・何故だろう、そうなったとしても自分には関係が無い筈なのに目眩がしてきた。


「・・・・・・羽島さん?」
「・・・一ノ瀬君」
「は、い」


何だ、何を言われるのだ。
トキヤはかつて無い程動揺した。
しかし持ち前のポーカーフェイスでそれを知られないようにしたがどうも失敗している気がする。
ポーカーフェイスで目の前の彼女に敵う人間なんているのか。否絶対にいない。

「一ノ瀬君、もしかして風邪、ぶり返した?脈が早い・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

こてり、と小首を傾げた状態で自分を見上げる栞に今度こそ卒倒しそうになった。
無防備に思春期真っ只中にいる男の腕を握り締めたら誰でもこうな―――・・・ああレンや四ノ宮さんには関係の無い話ですよね。
というよりこの人、平然としているとういう事はやはり私は男として意識されていないという事で、・・・え、私一度この人を(未遂とはいえ)押し倒しているんですけど。
ではこの人が異性として意識する時って一体どんな、


あまりの出来事にトキヤは現実逃避を開始した。
一方、置いてけぼりとなった音也は二人の間に割って入る勇気は流石に無かった。
まず何故こうなったのか。
それすらも理解出来なかったからである。

(何だろうこの状況、ていうかトキヤ立ったまま気絶してない?え、あのトキヤが気絶?何処までも冷静でクールなトキヤが?トキヤを彼処まで動揺させられる羽島さんって一体何者?え?え?)

声に出さない分、この時の音也は優秀だった。

羽島幽という人間は淡々とした雰囲気と性格故、非常に誤解をされやすい。
しかも音也の場合、先日の一件もあって羽島幽はトキヤに何かしたと思っていた。

だがそれも昨日までの事、今日の様子を見ていたらそんな事はなさそうに見えたが・・・どうやらそれは早合点だったかもしれない。
少なくとも音也が知る一ノ瀬トキヤという人間は過剰なスキンシップに慣れていない。
下手をしたら力ずくで拒絶されるのが関の山なのだが、羽島幽にはそれが無い。
むしろどう接したら良いのか手をこまねいている、と言うのが一番正しい気がする。


「・・・一ノ瀬君?」
「えーと・・・とりあえず羽島さん、腕を離してあげない?
トキヤがショートして倒れちゃう・・・じゃない倒れてしまいます」
「え?」

黒曜石の瞳が僅かに瞠目する。
・・・この人、本当に無防備過ぎない?
一体どういう子供時代を送ってきたんだろ。物凄く気になる。

とりあえずこの短時間で気付いた事。


羽島さんってもしかしなくても無自覚小悪魔なのでは、という可能性が浮上した。

  天然タラシに振り回される

久々にトキヤを振り回してみたいと思ったので書いてみた。
とりあえず後悔はしてない。むしろ達成感でいっぱいです。

20140727