花雪シンフォニア | ナノ

トキヤは今の状況に眩暈がした。


「ぁっ・・・」
「っ」


茶色の髪。肩より短い髪。栗色の瞳。
咽そうな程の強い香水の匂い。高い声。


―――違う。違う違う違う、



目の前にいる、この両腕の中にいるのは最愛の彼女じゃ、ない。


トキヤは強く目を閉じた。
脳裏に思い描くのはたった一人の彼女。


艶やかな黒髪。肩より長い髪。黒曜石の瞳。
控えめに香るのはシトラス。抑揚を感じられないけどその分落ち着く声。


(栞、さんっ・・・!)


トキヤは切に願った。
早く、こんな仕事は終わってしまえと。



  ♂♀



「・・・・・・・・・」


トキヤは一段落した仕事の合間に大きく溜息を吐いた。
何とも思っていない相手を抱きしめたり口付けたりするのは酷く疲れる。


撮影の度に栞ではない、違う女優の相手役をするのはやはり何とも言えない気持ちが広がる。
栞もこんな気持ちを抱えながら撮影をしたのだろうか。
無表情だけど、何も感じない筈が無い。

彼女も一人の人間だ。


以前、彼女の家にお邪魔していた時があったのだが、暫くして帰ろうとしたら後ろからくい、と小さな力で服を掴まれた。
え、と驚いて振り向いた視線の先には、同じく驚いた様子の栞がいて。

どうやら無意識の内に行動を起こしていた、という事に気付いたトキヤは表情に出さないようにしながらも内心は歓喜した。
いつも自分が振り回されている様な感じが否めないから余計である。



(・・・栞さんに会いたい。
会って、抱きしめて、・・・嗚呼、独尊丸を思いっきり構い倒すというのもアリですね。
やりすぎると嫌われかねないですし加減をしないといけませんが・・・)



前に会ったのにも関わらず、トキヤは酷く栞に会いたくて仕方が無かった。
こんな自分に会ったらまず栞は様子の可笑しい自分に即気付くだろう。
そして首を傾げる動作をするに違いない。



トキヤは思わず笑ってしまった。
誰もが彼女の事はよく分からないと口を揃えて言うのに、自分は彼女の事を他の人よりも少しだけ多く知っている。

それで良いと思う。
彼女の事を知っているのは、特別な存在であるのは自分だけで良い。




「一ノ瀬さーん、休憩終わりですよー!」
「・・・分かりました」


わざわざ呼びに来てくれたスタッフに一拍置いて返事を返すとトキヤは軽く嘆息する。

午後の撮影も決して楽じゃない。
だからすぐに充電切れになる。
今日辺り、充電に行こう。


トキヤは内心で帰りの予定を立てながら撮影場所に移動する。


栞は優しいので多少遅くなっても追い返す事はしないだろう。


確信犯の様な考えを纏めたトキヤは残り少ない気力を撮影に向ける事にした。


―――彼女に会うまで後半日後。

前回のトキヤsideの話でした。
トキヤはHAYATOの時といい、内心はどうあれ台本とか事務所の方針に従って演じるタイプなので葛藤を書いてみたつもりです・・・。

そろそろ本編を書こうと思います。スミマセン(汗

20121026(201407221再録)