まさかの出会いだった。
というより、同じ池袋在住なのだから出会っても―――否、この場合は『遭遇』というべきか。
とにかく、こんな出会い方をするとは思わなかったんだ。
『すまない!怪我はないか!?』
目の前には猫耳のついた黄色のヘルメットをつけた、都市伝説の『黒バイク』がいた。
何故こんな状況になったのか。
それは少し時間を遡る。
♂♀
「兄さん、シャーペンの芯が切れたから買って来るね」
時刻は八時。
テストが近いので勉強をしていた私だったが、さっきも言った通り、シャーペンの芯が切れたので急遽買い物に行かざるを得なくなった。
残り少なくなっていたことに気付いていたのに、そのことをすっかり忘れていた。
「おー・・・って栞、一人で大丈夫か?
もう八時じゃねぇか」
「・・・一人で大丈夫。
なるべく明るいところを通っていくし」
「でもよ、」
「大丈夫」
兄さんの言葉を遮って、真っ直ぐに見つめる。
下手に会話をぶち切って怒らせないようにしないと、冗談抜きで命に関わる。
しかし、兄さんは家族に甘いのか未だに私に怒ることはない。
なので、ちょっと強く出てみる。
「本当に大丈夫だから」
・・・結論から言うと勝った!
あの兄さんから許可をもぎ取ったということは間違いなく勝ちだろう。
というより勝ち以外の何者でもない!
暫くしてコンビニで目的の物を買い、帰ろうと元来た道を引き返そうとした。
その途中。
「―――ぇ、」
『!』
街角からいきなりバイクが飛び出してきた。
栞は突然の事に驚き、思わずたたらを踏んでしまい見事に尻餅をついてしまった。
思いっきりその場面を見られたと栞は思い、羞恥心から俯く。
しかし、その行動は相手に動揺を与えてしまう材料となってしまった事に当然栞は気付かない。
多分今変な顔してるよ私!
見られたくないよ、というより今の私格好悪いし。
否、尻餅をついてしまっただけだし怪我がないだけマシっていうものなんじゃ・・・!?
と他人から見れば無表情の下、栞は考えていたのだが相手側は勿論気付かない。
気付く可能性があるのは、現段階では彼女の兄のみだ。
一方、バイクを乗った人物は俯いたまま一向に顔を上げない栞の元に駆け寄ると同時にあるものを取り出した。
その人物は急いで指であるものに叩くとズイッと栞の前に差し出した。
『すまない!怪我はないか!?』
そして冒頭に戻る。
目の前に差し出されたあるもの―――PDAに栞は内心で「あれ?」と思った。
次いでPDAを差し出した人物に視線を向けた。
「―――」
あれ、もしかして、もしかしなくても。
―――首なしライダー?
文字通り動かない栞にその人物―――首なしライダーは声こそ出ないものの、あわあわと何か慌てるような動作をしているのを栞は気付いた。
そうだ、恥ずかしがっている場合じゃなかった。
「大丈夫です、何処も怪我はしてませんので」
慌てている首なしライダー、もとい都市伝説を暫く眺めているのも面白いと思うけど、やっぱりそれは人が悪いだろう。
とりあえず、無傷だよアピールをしないと。
実際怪我なんてしていないし。寧ろ精神的にアレだけど。
『!本当か!?』
「はい」
早いなタイピング。資格取れそう。
相も変わらずの無表情の下、そんなことを栞は思っていたのだがやはり首なしライダーは気付かない。
首なしライダー。
その存在は池袋の生きた都市伝説。
しかしその正体はデュラハンと呼ばれるアイルランドの妖精の一種である。
名前は確か『セルティ』
栞は静かに立ち上がりながら密かに『原作』の知識を掘り起こす。
元々曖昧な記憶なので何処まで合っているか分からないが大まかには合っている筈だ。
首なしライダー、もといセルティは栞の立ち上がり方や迷いのない返答に、漸く此処で安堵する。
そしてまじまじと、自分が轢きかけた少女を見た。
肩よりも長い、真っ直ぐな黒髪に髪と同色の双眸。
美しい容姿はまるで人形のように整っているが、バイクで轢かれそうになったのにも関わらずそう感じさせない無表情が更にそう思わせている。
溜息が出そうになる程の美少女なのに、と思ったセルティはそこで、はたと一つの事に気付いた。
(・・・・・・この娘(こ)、誰かに似ている?)
だが、誰に?と聞かれたらセルティは答えられない。
あくまでも何となくである。
セルティが内心、首を傾けていると栞は静かに口を開いた。
「心配して頂き、有難う御座います。
私は家に急いで帰らないといけないので、失礼します」
栞はペコリと頭を下げるとセルティはその声にはっとした。
次いで急いでPDAに文章を打つ。
その姿に栞は小さく笑う。
―――――まるで本物の人間みたいだな。
これが、後に怪物のような人間と称される少女と人間よりも人間らしい怪物との出会いだった。
妖精と少女
3話は首なしライダーことセルティとの出会い。否、遭遇話?
次で第1章終了予定。何かネタが降れば後に追加するかも。
20120311